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【レポート】アナリーゼ・ワークショップ vol.59~仲道郁代~

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サントミューゼ

アナリーゼ・ワークショップ vol.59~仲道郁代~

2022年8月8日(月)19:00~20:00 サントミューゼ小ホール

 

9月に予定されているリサイタルを前に、仲道郁代さんのアナリーゼ・ワークショップが開催されました。

 

仲道さんは「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」と銘打ち、ベートーヴェンの没後200年と自身の演奏活動40周年が重なる2027年に向けて、2018年から毎年春と秋に独自のプログラムを披露しています。昨年、幻想曲をテーマにしたプログラムは文化庁芸術祭の大賞に輝きました。

「秋のシリーズは、ピアニズムを追求し、ピアノの表現の可能性を押し広げたいと思って構成しています。近い距離でピアノの繊細な表情をお聴きください」と仲道さん。今回のテーマは「前奏曲」。ドビュッシーとラフマニノフの前奏曲に取り組みます。

 

ドビュッシーについて、「ベートーヴェンの時代はハーモニーに決まりがありました。ドビュッシーはその決まりの外の音を使って違う色合いを出した作曲家です」と表現する仲道さんは2020年にドビュッシーの前奏曲集第1巻を演奏しました。「ドビュッシーの音の扱いは、第1巻と第2巻で変わっています。第1巻はたとえば風の粒子を音に変換したような、そのモノの在り方が匂い立つようなカラフルな前奏曲集。第2巻は、ハーモニーに隣接する音を使って音の輪郭をぼかす、カラーレスな印象があります」。

 

舞台上にはターナーをはじめさまざまな絵画やドビュッシーが影響を受けたとされる挿絵などが投影され、前奏曲集の12曲のお話が続きます。

 

 

「前奏曲(プレリュード)は次に曲があることが前提ですが、時代が下るにつれ独立して書かれることが増えていきました。今回演奏する前奏曲たちは、生きる世界のさまざまが表れたものであるとすると、それでは、何の前奏なのか? 私は、無の世界へのプレリュードなのではないかという気がしています。生きている時に感じるさまざまなことは、いつかはじまる無の世界へのプレリュードであり、生まれる前も亡くなった後も私たちは永遠の中にいるのかもしれません。今回のサブタイトル「永遠の兆し」もそのような思いからつけました」。

 

〈花火〉と名付けられた12曲目は、フランスの革命記念日の7月14日にパリで上がる花火を表現しています。「最後にフランス国歌『ラ・マルセイエーズ』が途切れ途切れに聴こえます。この曲は武器を取って進めという勇ましい歌ですから、もしかすると皮肉として引用したのかもしれません。(新しい戦争がはじまった)今の時代と重なる苦しさがそこにあったのかもしれないと想像します」。作品の背景を知ることで、イメージが広がっていくことが分かります。

 

ラフマニノフの前奏曲へ続きます。仲道さんは、これまであまりロシアの作品は弾いてこなかったと言います。

 

ラフマニノフは生前「私の音楽は愛や苦しみ、悲しみ、宗教心を語ったもの」「音楽は心から出て心へ向かうものでなくてはならない」と語っていたそうです。仲道さんは「ラフマニノフの曲はすべて悲しみの上に立っているように感じられる」と言います。

 

ラフマニノフの前奏曲は作品23と32を合わせて「24の前奏曲」と呼ばれます。主要主題の3音は短調の1曲目で「汝、死すべし」と宣告し、長調の終曲で「汝、生きるべし」に劇的に変化します。

 

 

そして、プログラムのラストを飾るのは〈鐘〉と名付けられた前奏曲。ラフマニノフの音楽で特徴的なのが「鐘」の音型です。鐘というのはロシア正教会の鐘の音。毎日のように聞いて体にしみこんだ音です。

 

「長い間弾き継がれ、聴き継がれてきた作品というのは、かならずメッセージがあるように思います。演奏家も聴き手も作曲家が込めたメッセージをどう受け止めるのかを探究することで、作品は残ってきたのではないでしょうか」と仲道さんは締めくくりました。

 

最後、参加者から「俳句にも発句があります。プレリュードと俳句で共通するものを感じますが、どう思われますか?」という質問が飛び出しました。仲道さんは興味深そうに耳を傾け、「ショパンのプレリュードは、切り取り方が俳句の世界だと感じます。ドビュッシーは切り取るというより立ち上る感じかもしれませんね」と答えていました。