【レポート】アナリーゼ・ワークショップvol.64~金子三勇士(ピアノ)~
アナリーゼ・ワークショップvol.64~金子三勇士(ピアノ)
2023年4月14日(金) 19:00~20:00 サントミューゼ小ホール
ピアニスト・金子三勇士さんの5月公演を前に、アナリーゼ・ワークショップが開催されました。
今回のリサイタルは2部構成で、前半は本格派クラシックと銘打ちラフマニノフ、バッハ、ショパンを、後半はヴァイオリニスト・川久保賜紀さんをスペシャル・ゲストとしてピアノとヴァイオリンの名曲を聴かせます。
ステージに登場してにこやかに一礼した金子さんは、スーツのボタンをさっと開けて、おもむろにラフマニノフの『鐘』を響かせます。上田市での公演を毎年重ねる中でお客様の耳が肥えてきていると感じている金子さんは、今回は本格的なクラシック作品でありながら、通り一遍ではない構成を考えたそうです。
2023年はラフマニノフ生誕150周年。最近はロシアの作曲家作品の演奏を控える動きもありますが、ラフマニノフ自身、ロシア革命、第二次世界大戦という困難な時代を生き、「時空、次元を超えてひとりのピアニストの思いを届けるべきだと思っています」と、金子さんは訴えます。今回演奏予定の『鐘』は前奏曲。バロック時代に生まれた前奏曲は「料理でいえばメインディッシュに対するスープやサラダのような位置づけ」でしたが、19世紀に入ると前奏曲のみで曲集がつくられるようになります。
鐘が冠された曲といえば、リストの『ラ・カンパネラ』も有名です。金子さんが弾き比べると、高音域を使った『ラ・カンパネラ』と、『鐘』は除夜の鐘に近い低音と違いが際立ちます。ヨーロッパにおいては鐘の音といえば教会の鐘の音を指し、“はじまりの音”という意味合いがあるそうです。
続いては時代をさかのぼってバッハの『フランス組曲』へ。バッハはいくつかの組曲を残しており、その中でも「シンプルで聴きやすい」と金子さんは言います。フランスと名付けられているものの、6つの曲に組み込まれているのは別のさまざまな国の舞曲です。「メリハリもふくめてひとつの流れとして楽しんでください」と言い、演奏は当日のお楽しみに。
3曲目のショパンは、「今回はあえて、20分前後ある『ピアノ・ソナタ第2番「葬送」』を選びました。冒頭は『鐘』を連想させる重さと暗さがあり、美しい中間部を経て、第4楽章は一言でいうと……わけがわかりません」と意外な言葉が。実際に金子さんが弾いてみると、確かにショパンにしては珍しく現代的、技巧的です。「童(わらし)が来て去っていくようです」というユーモラスな表現に、客席から笑いがこぼれます。
後半は、ヴァイオリンとピアノで届ける“The名曲“。北欧ノルウェー出身の作曲家グリーグは、民族主義的な音楽を志向する「国民楽派」の元祖のような存在で、今回演奏される『抒情小曲集』にもノルウェーらしさが散りばめられています。
ブラームス『ハンガリー舞曲 第5番』はハンガリーにルーツを持つ金子さんにとってなじみ深い曲ですが、実はロマの音楽がもとになっているそうです。ロマはヨーロッパ、中東、アフリカなどを移動する民で、現地の文化と融合しながら音楽や舞踊を得意とし、とりわけハンガリーの地で花開きました。スクリーンに投影されたロマのバンドの写真から、ギター、ドラム、ヴァイオリンなどに加え、ツィンバロムという大型の打弦楽器が入ることが分かります。「独特なスピード感があり、エンターテインメントとして受け入れられました」と金子さんが解説します。「ロマの音楽には必ず作者がいて、民族音楽の定義からは外れる」というのも興味深いお話でした。
ラヴェルの『ツィガーヌ』は、ロマを意味するフランス語で、ハンガリーのロマ音楽に着想を得ています。ヴァイオリンもピアノも非常に複雑で、熱狂的な演奏が期待できそうです。
最後は、リサイタルの曲目でもあるドビュッシーの『月の光』で締めくくられました。「1か月後、ヴァイオリンが加わった『月の光』をぜひ聴きに来てください」と金子さんが言うと、ステージの照明がそっと絞られます。金子さんとピアノを照らすスポットライトは、まるで月光のよう。
リサイタルへの期待がこもった大きな拍手の中、金子さんは会場をあとにしました。