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【レポート】菊池洋子 ピアノ・リサイタル

みる・きく

菊池洋子ピアノ・リサイタル
2023年11月11日(土) 14:00~開演
サントミューゼ小ホール

日本とオーストリアのウィーンを拠点に、国内外で活躍するピアニストの菊池洋子さん。オーケストラとの共演を始め、近年はバレエとのコラボレーション公演で新しい境地も開拓しています。サントミューゼの2023年度レジデント・アーティストとして、市内各所でコンサートやワークショップの活動を行ってきました。

今年度の活動の集大成となるこの日のリサイタル。プログラムには、菊池さんのライフワークであるモーツァルトや、バッハ、ショパンによる多彩な楽曲が並びます。

鮮やかな花柄のドレスをまとい、笑顔でステージに現れた菊池さん。最初に演奏したのは、ヘンデルによるオペラの名曲をピアニストのモシュコフスキがピアノ編曲した『私を泣かせてください』。ゆったりとした甘美なメロディーが、悲しみ、心地よさとさまざまな感情を誘います。

続いてはバッハの楽曲。先ほどのヘンデルと同い年、同じドイツ出身ながら、2人は作曲家として異なる道を歩みました。ドイツからイタリアに渡ってオペラで成功したヘンデルに対し、生涯ドイツで作曲を続けたバッハ。『イタリア協奏曲 BWV971』は、華麗さといきいきとした活力をあわせ持つエネルギーあふれる楽曲です。第3楽章のきらびやかな音色と軽やかな手の動き、スピード感がある洒脱なメロディーが印象的でした。

リサイタルに先立って開かれたアナリーゼ・ワークショップで「コロナ禍の不安な時、寄り添ってくれたのはバッハの音楽だった」と話した菊池さん。バッハの音楽が体に染み込んでいることが、演奏から伝わってきました。

そして菊池さんのライフワークであるモーツァルトの楽曲を2作品。曲が作られた当時の慣習にのっとって、幻想曲の後にソナタを演奏します。

『幻想曲 ニ短調 K.397』は、重量感と軽やかさの対比、心地よいテンポ、不意に現れる明るい旋律など、美しさにあふれる作品です。音が密度高く響き、引き込まれます。

実はモーツァルトがこの世を去った時、この曲は未完成だったと考えられています。現在多くの演奏会で演奏されるのは、最後の10小節を別の人物が書き足したとされる楽譜。しかしこの日、菊池さんはあえて最後の10小節を弾くことなく終え、次のソナタの演奏を始めました。アナリーゼで語った通り「この後に演奏するソナタにつながるように、モーツァルトは幻想曲をあえて未完で終わらせたのかもしれない」という思いからでしょう。

そして演奏した『ピアノ・ソナタ 第9番 ニ短調 K.311』はシンプルな美しさがモーツァルトらしい作品。第3楽章では、自由な即興演奏「カデンツァ」の部分も。菊池さんの感性と高い技術が伝わる演奏に、大きな拍手が起こりました。

休憩を挟んで後半は、ショパンの2作品を演奏。『子守歌 変ニ長調  Op.57』は、左手が最初から最後まで同じフレーズで、菊池さんいわく「揺りかごが揺れるような」音色を奏でます。たゆたうように眠りの世界に誘う音に、優しさがあふれていました。

プログラム最後の曲『ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58』は、ショパンのピアノ曲の最高峰とされる傑作。作曲当時30代半ばだったショパンは、故郷ポーランドに残した父を亡くし、恋人との暮らしも壊れ始めて悲しみの中にいました。

ダイナミックに始まる第1楽章。左手と右手が紡ぐ異なる音世界が混じり合い、甘美さ、寂しさ、退廃的な表情と、豊かな感性を表現します。「ショパンが自身の人生を振り返って懐かしんでいるよう」と菊池さんが語った第2楽章は、穏やかな音と滑らかな和音が心を解きほぐします。第3楽章は夜の雰囲気で、ゆったりとした世界を紡いでくれました。最後の第4楽章は、大きな変化を予感させるダイナミックなメロディー。力強く、感情が表れているようで、「勝利宣言のように感じる」と語った菊池さんの気持ちが伝わってきました。

演奏を終え、清々しい表情で微笑む菊池さん。客席から降り注ぐような拍手が包みます。

アンコールでは長野県出身の作曲家、草川信による『ゆりかごのうた』を演奏。雄大なピアノ・ソナタを聴いた後だからこそ、シンプルで美しい旋律が染み入るようでした。

さらにショパンの『小犬のワルツ』も披露。最後はバッハの『ゴルトベルク変奏曲 BWV988よりアリア』の美しく雄大な世界で魅了しました。

演奏後のサイン会には多くのお客様が列を作り、菊池さんとの会話を楽しんでいました。ワンコインコンサートをきっかけに菊池さんの演奏会に訪れるようになったというお客さまは「難曲であるショパンのピアノ・ソナタは聴きごたえがあり、とても良かった」と話してくれました。また「素晴らしい演奏で、ゆったりと聴かせていただきました。あんなにもたくさんアンコール曲を弾いていただいて嬉しかった」と喜びを話してくれるお客様も。

作曲家への敬意と理解、音楽への愛を全身で表現してくれた菊池さん。素晴らしい音で楽しませてくれました。

〈プログラム〉
G.F.ヘンデル/M.モシュコフスキ編: 私を泣かせてください
J.S.バッハ:イタリア協奏曲 BWV971
W.A.モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397
W.A.モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第9番 ニ短調 K.311
F.ショパン:子守歌 変ニ長調 Op.57
F.ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58
【アンコール】
草川信/斎藤高順編:ゆりかごのうた
ショパン:小犬のワルツ
J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988 より アリア