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【レポート】アナリーゼワークショップVol.68~石上真由子(ヴァイオリン)〜

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アナリーゼ・ワークショップ vol.68~石上真由子(ヴァイオリン)~

開催日
時間
19:00~20:00
会場
サントミューゼ 小ホール

1月20日にサントミューゼでリサイタルを開催するヴァイオリニスト、石上真由子さんによるアナリーゼワークショップが開催されました。リサイタルでベートーヴェンとブラームス、それぞれの「ピアノとヴァイオリンのためのソナタ」を演奏する石上さん。アナリーゼでは、2人の作曲の背景を掘り下げて解説しました。ピアノは、リサイタルでも共演する北村明日人さんです。

「ベートーヴェンは56年の生涯で、ピアノとヴァイオリンのためのソナタを10曲遺しています。中でも1番から9番は、彼が20代のわずか7年ほどの間に書かれました。けれど10曲のソナタを通じて、ピアノとヴァイオリンの関係性やソナタの書かれ方が大きく変遷しています」

そう解説したのち、ソナタ第1番と第2番の冒頭部分を演奏。第1番はピアノとヴァイオリンがユニゾン(同じ音を演奏すること)で始まりますが、第2番は冒頭からヴァイオリンがピアノをサポートする役割なのが分かります。

「第5番ぐらいから、ピアノとヴァイオリンを対等にしようとベートーヴェンの意識が変わっていきます」と石上さん。第5番の冒頭は、歌うようなヴァイオリンとピアノの旋律が響き合い、対話するよう。続いて第8番の冒頭は、再びピアノとヴァイオリンのユニゾンです。

「ベートーヴェンは挑戦を続けた人物。10曲のソナタを通して歴史を変えたことが分かります」

ここでベートーヴェンの特徴として、主題(テーマ)を少しずつ変奏していく「変奏曲」が多いことを紹介しました。

「ベートーヴェンの変奏曲は本当に美しいものが多く、私は大好き。リサイタルで演奏する第9番にも出てきます」

ベートーヴェンは当時のウィーンでは珍しかった、自分の作品を自ら演奏するピアニストとして知られていました。テーマを出し合ってピアノ即興バトルを行った記録も残っていて、その経験も彼は変奏曲の達人にしたと言われているそう。

「ソナタ第9番の楽譜には“ヴァイオリンとピアノが協奏的になるように”と書かれています。オーケストラと独奏楽器が丁々発止のやりとりをする協奏曲の緊迫感をヴァイオリンとピアノだけで表現しようと挑み、命をかけて書きあげたのだろうと思います。ベートーヴェンは当時31、2歳。血気盛んで、音楽史に新しい風を吹き込もうという野望があったのかもしれません」

そう話し、第1楽章の前半を演奏してくれました。ヴァイオリンの凛とした独奏から始まる冒頭。ピアノの旋律が重なり、情熱を増していきます。まさに2つの楽器が対話し、時に煽り合いながら、重なる美しさを見せてくれました。

変奏曲の例として第2楽章の主題部分も披露。楽譜に「カンタービレ」と記された旋律は、まさに歌うようなヴァイオリンの旋律が印象的です。ピアノの音色が美しく重なり、魂を感じるハーモニーでした。

後半はブラームスについて。彼は、ピアノとヴァイオリンのためのソナタを3曲遺しています。

「ブラームスは時間をかけて作る作曲家で、その音楽はまるで推敲を重ねて言葉を連ねた文章のようです。彼の作品の演奏に取り組む時は、楽譜に書かれていることはもちろん、行間を読むような作業がとても多い。それを大事にして取り組んでいます」

ソナタ第1番は、日本では「雨の歌」の愛称で親しまれています。理由は、第3楽章でブラームスの歌曲「雨の歌」の旋律を引用しているから。

引用元の歌曲「雨の歌」の一部を演奏してくれました。冒頭、引用された部分は少し哀しげな印象。そこには「小さな頃の雨の記憶を呼び覚ますために、雨よ降ってくれ」という詩が綴られているそう。みずみずしく伸びやかで、ピアノの旋律が雨音のように聴こえます。中間で明るい雰囲気になると、空に晴れ間がのぞいたような気持ちに。

続いて、引用先のソナタ第3楽章を演奏。確かにほぼ同じ旋律ですが、少し儚い印象です。

「歌曲の主題で繰り返し出てきた“タンタターン”のリズムが、ソナタ全体に散りばめられています」と石上さん。第2楽章の同じリズムが登場する部分も演奏しました。

このソナタを語る上で欠かせないのが、ブラームスが生涯愛したクララ・シューマンと彼女の息子、フェリックスの存在です。ブラームスが我が子のようにかわいがったフェリックスは18歳で肺結核を患い、このソナタを作曲している頃には起き上がることもままならないほどの病状に。

「ブラームスは第2楽章の慈愛にあふれた24小節を譜面にして『私はいつもあなたたち2人を遠くから想っています』とメッセージを添え、クララに送ったと言われています」

前述の歌曲「雨の歌」もブラームスがクララの誕生日に送った曲で、クララは大変気に入っていたそう。その曲をソナタの第3楽章に引用したことにクララは大変喜び、「天国に持っていきたいぐらいこの曲が好き」と話したそうです。

「クララが愛した『雨の歌』、そしてフェリックスとクララを思って書かれた楽章の旋律が散りばめられていることを思うと、この曲は“フェリックス・ソナタ”と呼んでもいいほど、2人への愛情があふれたソナタだと思います」

最後に演奏してくれたのはソナタ第1楽章。切なさと慈愛に満ちた優しい音楽から、ブラームスの思慮深さ、愛情深さが伝わってきます。ピアノとヴァイオリンの音が光のように重なり合い、美しさの中に重々しさも感じて、穏やかな気持ちになりました。

大きな拍手を受けて、アンコールではリサイタルで演奏するクララ・シューマンの「3つのロマンス」第一番も披露。甘く切なく、落ち着きある音色を聴かせてくれました。

ベートーヴェンとブラームス、それぞれの作曲の背景を知ることで、ますますリサイタルが楽しみになるアナリーゼでした。

(END)