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【レポート】茂木大輔 アナリーゼワークショップvol.46 『ブラームス:交響曲第1番の秘密と聴きどころ』

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会場
サントミューゼ

2020.12.19(土)

 

1月16日(土)に大ホールで開催される『オーケストラ版VOL.4 生で聴くのだめカンタービレの音楽会』を前に、指揮者の茂木大輔さんが本コンサートの第2部で演奏するブラームス作曲の交響曲第1番の秘密と聴きどころについてアナリーゼを行いました。文学的な切り口でまとめられた12ページにわたる資料をもとに講義が進みました。

 

 

■交響曲第1番に隠された秘密■

皆さん、こんにちは。ブラームスの交響曲第1番は、『のだめカンタービレ』のクライマックス的な扱いで使われた曲です。

ブラームスという作曲家は永遠の命というか、細部まで考え抜かれた緻密で強固な作品です。それはまさにシェイクスピアの古典文学のような名作のように永遠の命を感じます。交響曲第1番は着想から30年かけて完成させた作品です。ここから、ブラームスの「秘密」の部分に焦点をあててお話しましょう。

 

交響曲第1番第4楽章の冒頭は暗い序奏に続いて、アルプスの山々に響き渡るようなアルペンホルンの旋律が聴こえます。交響曲というのは、ある旋律が出てきたら徹底的にその旋律を材料にして変形しながら展開します。しかしながらこのアルペンホルンの旋律はこの交響曲のルールに沿っていません。第1から第3楽章とは脈略なく登場するこの旋律に、実はとても重要なメッセージが込められています。

1968年9月12日、ブラームスが滞在していたアルプスの山荘からピアニストのクララ・シューマンに送った誕生日のカードに、「高き山から、低い谷底から、私はあなたに幾千回の挨拶を送ります」というメッセージにこの旋律も添えられていました。時を経て1876年、交響曲第1番が完成。旋律の秘密はクララ以外には誰も知らない—、つまりクララだけにあてた個人的なメッセージであることがわかります。これが「秘密」の理由です。

 

■交響曲第1番に刻まれたクララ・シューマンの名前■

ではクララ・シューマンとは一体どのような女性であったか。クララはピアノ教師であったフリードリヒ・ヴィークの娘で、幼いころからピアノの天才としても知られていました。9歳の時、ピアニストのロベルト・シューマンがヴィークの内弟子となり、やがて2人は恋愛関係に発展していきます。しかしながら父のヴィークはシューマンと年齢が離れていたこともあって交際に大反対。シューマンとクララはそれに反発して訴訟を起こして結婚をしました。その時にシューマンがクララのために贈ったのがピアノ協奏曲イ短調op.54です。この冒頭はオーボエの物悲しい雰囲気のソロから始まり、続くピアノもその旋律をなぞるように進みます。この旋律の最初の4音は「ド-シ-ラ-ラ」で、音階を順番に3個下がります。ドレミファソラシの音名はイタリア語ですが、これをドイツ語音名で表すと「C-H-A-A」になります。シューマンはクララのことをキアリーナ(CHIARINA)と呼んでいましたが、実はこの冒頭の「ド-シ-ラ-ラ」にはクララの名前に含まれる音名が盛り込まれています。この旋律は協奏曲全体を通じて情熱的にくり返されているのです。

 

クララとブラームスの出会いは、シューマン家を訪ねた若き日のブラームスがピアノを披露したことがきっかけです。シューマンは彼が演奏した数分でその才能を見抜き、以降出版社や批評で彼を支援するようになりました。ブラームスにとってシューマンは尊敬し、感謝の念を持ち続けた相手でした。

そんなことから、ブラームスの交響曲第1番でも同じようにクララの旋律がいたるところに使われています。アルペンホルンの主題では「ミ-レ-ド」という音階が使われていますが、シューマンのピアノ協奏曲イ短調op.54と同様にクララへの呼びかけが入っています。

 

 

■第1楽章■

それでは、各楽章に潜められたクララ主題と楽器別の聴きどころについて進めましょう。

第1楽章の冒頭は厳かに、ティンパニの連打とともに始まる冒頭は、いくつものメロディーが重なり合う中で、ヴィオラと木管楽器による「ド-シb-ラ」というクララの旋律が現れます。一方、半音階でヴァイオリンが上昇していく旋律もあります。これは音楽をつなぐ狂言回しのような役割を持っています。あとはティンパニとコントラバス、コントラファゴットによる3個ずつの単位で連打(6/8拍子)といった3つの要素から成り立っています。

ブラームスの交響曲以前は、こんなに重苦しい冒頭はありませんでした。もやの中から何かを見ているような、はっきりとしたメロディーは全く見えてこない。これが非常にロマンティックで、18世紀半ばドイツロマン派と言われた大事な要素です。

 

つづく主部では、ベートーヴェンの時代よりも奏者の演奏レベルが向上し高音域を出せるようになったヴァイオリンが、まるで金切り声のような高さでメロディーを演奏しています。ブラームスの苦闘を感じさせる第1主題から第2主題で平和が訪れたかと思いきや、一瞬にしてヴィオラの渋いメロディーが悩みの渦に陥るかのように切り替わります。ここでも「ソファミ」というクララの音形が登場しますが、この音が平和に落ち着いていた心をあっという間に覆い尽くしてしまう苦悩的な様子を見事に表現しています。

 

■第2楽章■

闘争的な第1楽章とは異なり、第2楽章のはじまりは春の日に森を歩くようなあたたかさを感じます。オーボエのソロによる美しいロマンスが終わると、物悲しい第2主題が再び現れます。やがてこの旋律はクラリネットにも受け継がれて印象的な会話形式に。この旋律もまたクララの音形から開始されて統一が図られています。

 

 

■第3楽章から第4楽章■

第3楽章の冒頭はクラリネットの「ミ-レ-ド」というクララの音形から始まります。交響曲の第3楽章では一般的にスケルツォが挿入されますが、ここでは家庭的な温かさに満ちた2拍子が挿入されています。

第4楽章のはじまりは夜明け前の嵐のような旋律です。ここでも低音楽器で「ド-シ-ラ」とクララの音形が現れます。その後はアナリーゼの冒頭でお話したアルペンホルンの場面、つづいてトロンボーンによる「祈り」の場面を経て歓喜の旋律へと続いていきます。

 

■コンサートをお楽しみに■

ブラームスの交響曲は非常に壮大な規模を持ち、大きな音量と堂々たる尺を持ち、さらにはベートーヴェンの第9交響曲に迫ろうというほどの雰囲気を持ち合わせています。その創作の内側には、クララに対する個人的な想いをはらんでいることがまた興味深いと言えるでしょう。

1月16日(土)の“生で聴く『のだめカンタービレ』の音楽会”をどうぞお楽しみに!