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【レポート】 群馬交響楽団 上田定期演奏会 -2021春-

みる・きく
会場
サントミューゼ

群馬交響楽団 上田定期演奏会 -2021春-

『飯森範親、渾身のマーラー × ドラマチックな才能との出会い』

5月23日(日)15:00~ at サントミューゼ大ホール

 

昨年5月に予定されていた上田定期演奏会は、新型コロナウイルスの影響で中止となりましたが、今回、1年越しの延期公演という形で「群馬交響楽団 上田定期演奏会 -2021春」が開催されることになりました。コロナ禍という状況ながら、客席はバルコニー席までほぼ満席。改めて人気の高さを感じさせます。

指揮を務めるのは飯森範親(のりちか)さん。ドイツで研鑽を積み、国内外の多くのオーケストラを指揮してきた名指揮者です。

 

幕が開き、飯森さんとピアニストの三原未紗子さんが、オーケストラが待つステージに登場します。第一部は三原さんをソリストに迎えたベートーヴェンの「ピアノ協奏曲 第1番」。ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中で筆頭に挙がることは少ないですが、多彩な聴きどころがある名曲です。近年は、演奏会で演奏されることも増えています。

 

印象的な第1主題から始まる第1楽章。穏やかな海のように壮大なオーケストラの音が、ステージを包みます。それを受け取り、響き始めるピアノの澄み渡った音。その瞬間、音の世界がより膨らみを持って迫ってくるようでした。

途中で、長いカデンツァ(ピアノ奏者がオーケストラの伴奏なしで自由に即興的な演奏を行う部分)も登場。先日のアナリーゼで三原さん自身が「ピアノの難所」と語っていたオクターブのスケール(音階に沿って弾くこと)部分も美しく、聴いていて気持ちが高揚してきます。

 

 

 

穏やかに始まる第2楽章は、やさしく可憐な印象です。新しいもの好きだったベートーヴェンが、当時のピアノの鍵盤66鍵すべてを使い尽くそうと高音を聴かせる部分も、まばゆいほどの美しさでした。

印象的だったのは、三原さんがアナリーゼの時に「オペラのようにオーケストラと会話する、私が大好きな部分です」と話していた箇所。それはまるで、ピアノとヴァイオリン、オーボエなどが互いに音で呼びかけ、答えているようで、聴いていて楽しく、「きっと演奏者も楽しんでいるのだろうな」と思いをめぐらせました。

 

第3楽章は明るく快活なピアノから始まります。そして、オーケストラに音を受け渡すと、その瞬間に何か大きな流れに身をゆだねるような心地よさに包まれます。

行進曲のような曲調が現れたり、突然短調になったり。彩り豊かな要素が登場するのがこの楽章の特徴。終盤、魅惑的なピアノのカデンツァからクライマックスのオーケストラへとつながる高まりは、さまざまな楽器の音が重なり膨らんでいくオーケストラそのものの素晴らしさを再確認させてくれました。

 

客席からは鳴りやまない拍手。それに応えて三原さんが演奏したアンコール曲は、ブラームスの「ワルツ第15番」でした。流れるような音色でホールを優しく満たし、先ほどまでの壮大なオーケストラとの共演とは異なるピュアな響きが会場を包みます。

 

 

休憩を挟んで第二部。サントミューゼの大ホールに、初めてマーラーの交響曲が響き渡ります。

 

交響曲 第5番。マーラーの生涯でもっとも幸せな時期に書かれたと言われる曲です。プログラムノートには「この曲の随所に、当時のマーラーの充実感やロマン的な幸福感を聴き取る人が多い」とあります。

 

ベートーヴェンの交響曲「運命」を想起させる陰気なファンファーレで始まる第1楽章は、葬送行進曲。地を這うような重さをもって、静かな美しさが迫ります。悲しみのトランペット、行進曲のリズムを粛々と奏でる打楽器。そしてマーラーのルーツであるユダヤの音楽を思わせる、不思議な明るさのあるメロディーへ。

 

指揮の飯森さんは4月のアナリーゼで、「第1楽章の最後の音」をポイントに挙げていました。遠くから聴こえてくるような小さなトランペットのファンファーレに続く最後の音。飯森さんは「楽譜にはピチカートとありますが、フォルテで演奏することもあって、私は毎回変えています」と話していましたが、最後の音は静かに、まるで一つの命がこと切れるかのように終わりました。

 

 

 

第2楽章では嵐のような激しさ、何か大きな存在が迫っていることを予感させる緊張感を感じます。飯森さんは、「第1楽章と第2楽章は悲劇の中で終わっていく」と語っていましたが、第2楽章の途中には、雄大な優しさや上昇していくような広がりを感じる場面もあります。「つらいことだけでなく、輝かしい時もあったのだということが表現されているのかもしれない」という飯森さんの言葉が思い出されました。

 

ソリストのように立ち上がって演奏する明るいホルンの音色で、第3楽章が始まります。その後もホルンを水平に持ち上げて演奏したり、クラリネット奏者も朝顔(楽器の先端部分)を上に向けたりして演奏するなど、視覚的にも見応えがありました。

鉄琴や打楽器が華やかに展開し、後半には鳴子(板でできた打楽器)も登場するなどの楽しい雰囲気に、時おり悲しみが入り混じります。クライマックスは高らかに、そして温かく響くホルンの音が印象的でした。

 

第4楽章「アダージェット」は単独で演奏される機会も多い人気の曲です。マーラーが妻アルマに出会ったばかりの頃、彼女のために書いたとも言われています。そんな背景も相まって、ゆったりと奏でられる弦楽器とハープのハーモニーが、切なくも甘やかなロマンを感じさせました。

 

そして第5楽章は、第4楽章最後のヴァイオリンの音を引き継いだ、ホルンの高い音色から始まります。木管楽器、弦楽器、金管楽器とさまざまな音色が際立ち、溶け合い、美しいハーモニーを織り成していきます。勇壮に、華やかに。そして、世界を祝福するような喜びと美しさにあふれた圧巻のフィナーレへ!

 

タクトが下されてからも、ホールを埋め尽くす拍手は一向に鳴りやみません。飯森さんはすべてのオーケストラ奏者に起立を求め、讃えました。それぞれがベストを尽くして素晴らしい演奏を作りあげた充実感が、奏者の皆さんと飯森さんの表情から伝わってきます。

 

 

 

鑑賞したあるお客様は、「75分があっという間でした。聴きながら曲が生まれた時代に思いをはせ、作曲者はどうやってこんな音楽を作ったんだろうと考えていました。音楽の中で、今どんな物語が起こっているのだろうかと、解説を読みながら想像を膨らませるのも楽しかったです」と話してくれました。「演奏に元気をもらいました」と笑顔で話してくれたお客様も。

私たちの心を揺らし、オーケストラの、音楽の素晴らしさを実感させてくれたステージでした。

 

 

 

【プログラム】

〈第1部〉

ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 作品15

〈第2部〉

マーラー/交響曲 第5番 嬰ハ短調

 

〈ソリストアンコール〉

ブラームス/ワルツ第15番 変イ長調 Op.39-15