サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】仲道郁代 ピアノ・リサイタル ~ドビュッシーの見たもの~

みる・きく
会場
サントミューゼ

2020.9.26(土)

 

「緊張感のある日々の中でこの場にお越しくださったことに感謝します」。そう挨拶をして、2018年からベートーヴェンの没後200周年である2027年までのプロジェクト『The Road to 2027』について語り始めたピアニストの仲道郁代さん。

10年間にわたり春と秋に公演を行うこのプロジェクトは、春は“音楽で生きること”“音楽がもたらすもの”をテーマにベートーヴェンを核にしたプログラムを、秋は“ピアニズム”をテーマにピアノのさまざまな豊かさを探求していくシリーズです。

昨年はサントミューゼ でシューマンに焦点をあてましたが、今年は「ドビュッシーの見たもの」というタイトルでオール・ドビュッシー・プログラムの公演となりました。

 

 

 

 

「私自身は長年ベートーヴェンを核に演奏してきたので、今回あらためてドビュッシーに取り組んでみて非常に面白い発見が多々ありました。実際にドビュッシー以降ドビュッシーのような作曲家が生まれたかというとそうではなくて、彼はオンリーワンの存在です。私は彼の音楽と向き合う中で、彼の音楽には主語がないと感じました。ベートーヴェンの場合は『私』『我々』が何かに向かってがんばろうといった主語があるのですが、ドビュッシーは『私』をむしろ消滅させているような感じ。『そこにあるもの』そして『そこにはないもの』たちをも音で描き出すことに注力しているんです。五感が音になった時、見えているものと見えていないもの、現実と非現実の狭間の世界まで見せてくれる世界観があります」

 

ドビュッシーの音楽に対する印象をそう語り、《前奏曲集》へ。

この作品は12の題材から切り取られた情景を描いたもので、それぞれに詩的なタイトルが付けられています。

なかでも詩人・ボードレールの「夕べの諧調」の一行からきている《音と香りは夕暮れの大気に漂う》は、夕暮れ時の夜と昼の境界のある時間帯を思い出すと仲道さん。

ステージ後方には曲のタイトルと曲へと誘ってくれるような照明がそれぞれ映し出され、ドビュッシーが生み出した音の世界観をより深く味わえるような演出がなされていました。

12の小曲はどれも浮遊感あふれる不思議な音楽で、仲道さんが着用していたふわりと空気を含んだような印象のドレスともマッチ。ドビュッシーの音楽を説明する中で幾度も出た「ただよう」という言葉が似合う時間が流れていました。

 

 

 

 

後半は古典組曲の形式と新しい語法の融合を実現させた《映像第1集》からスタート。

 

「ドビュッシーの曲の中には時間が進んでいくという感覚がありません。浮遊している感覚や空気を見たり感じたりと、音楽の概念を覆すような世界を表現しています。

1曲目に演奏した《水に映る影》は水が流れていくのではなく、水が変容するさまを見たり感じたりしているイメージです。次の《ラモーを讃えて》は3拍子の曲・サラバンドのリズムをベースにしたもので、古典音楽への賛美を表しています。3曲目の《運動》も1曲目と同様で動いているさま、そしてその動きが消えるまでのイメージが感じられます」

 

つづく《映像第2集》はさらにこの世とは思えないトランスワールドに入り込んだような曲だと説明し、なかでも《そして月は廃寺に沈む》は東洋的な旋律が禅の世界に通じるようだと仲道さんは表現しています。

 

 

 

 

最後は、ドビュッシーの2番目の妻となる女性とジャージー島へと逃避行した際に作曲した《喜びの島》を演奏。ドビュッシーの曲には珍しくきらめくような愛の喜びを踊るようなリズムで表現。アンコールの1曲はドビュッシーの名曲《月の光》。そして「私のアンコールの定番といえばエルガーの《愛の挨拶》ですが、新型コロナウイルスが未だに落ち着かないこの状況下では控えたいと思います」と、ブラームスの《間奏曲 Op.118-2》が演奏されました。また晴れ晴れとした気持ちで《愛の挨拶》を演奏していただける日々が来るように願います。

 

終演後、お客様からは「まだ落ち着かない日々の中で楽しみにしていたリサイタルに来れて楽しかったです。来年のリサイタルでは《愛の挨拶》が聴けたらいいな」と話す女性や、「仲道さんの丁寧な解説のおかげで音楽に入り込むきっかけをもらえて、スムーズにイメージを広げることができました」と話す男性、「コンサートホールで聴くピアノの音色はすごく綺麗でした」と話す小学生など、様々な声が聞かれました。幅広い年齢層の観客の心を捉えたリサイタルとなりました。

 

 

【プログラム】

■前奏曲集第1巻

1. デルフォイの踊り手

2. 帆

3. 野を渡る風

4. 音と香りは夕暮れの大気に漂う

5. アナカプリの丘

6. 雪の上の足跡

7. 西風の見たもの

8. 亜麻色の髪の乙女

9. とだえたセレナード

10. 沈める寺

11. パックの踊り

12. ミンストレル

 

■映像 第1集

1. 水に映る影

2. ラモーを讃えて

3. 運動

 

■映像 第2集

1.葉末を渡る鐘

2. そして月は廃寺に沈む

3.金色の魚

 

喜びの島

 

■アンコール

ドビュッシー:月の光

ブラームス:間奏曲イ長調Op.118-2