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【レポート】音楽がヒラク未来 上田フォーラム

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【レポート】「音楽がヒラク未来」上田フォーラム

 

 

全国4館連携フォーラム事業「音楽がヒラク未来」
上田フォーラム「音楽は『地域社会』にどのような活力を創出できるのか」

 

アートが社会にできること。
その可能性と、どうすれば実現できるかをアーティストやホール関係者、市民などさまざまな立場の人々で対話しようと発足したのが、全国4館連携フォーラム事業「音楽がヒラク未来」です。
芸術監督と全体監修を務めるのは、ピアニストの仲道郁代さん。

 

上田フォーラムのテーマは「音楽は『地域社会』にどのような活力を創出できるのか」
公共ホール職員の方や文化行政に携わる方、アートに関心のある方などさまざまな参加者が県内外からサントミューゼに集まり、2日間の専門プログラムに取り組みました。

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【1日目】5月31日(水)at サントミューゼ 小ホール

プログラム①/講演「アートから始まる地域の未来」
講師:吉本光宏さん(ニッセイ基礎研究所 研究理事)

 

「地域とアート」。時折耳にするフレーズですが、具体的にどのように結びつき、どのような効果がもたらされるのかはイメージが難しいのではないでしょうか。

 

そこで最初のプログラムでは、アートを地域に取り入れた国内外さまざまな実例を紹介。

講師は、文化庁の政策参画や文化施設開発などで活躍する吉本光宏さんです。

 

 
「芸術文化は、『経済・産業』『教育・福祉』『地域創生・観光』の各分野にさまざまな効果をもたらすと注目されています」

 

例えば徳島県の神山町は、アーティスト・イン・レジデンス事業で生まれた創造的な空気感が人を呼び、人口減少の続いていた町で転入が転出を上回るまでになりました。

 

スコットランドのラップロッホでは、ロンドン五輪の文化プログラムとして子どもたちのオーケストラを組織しコンサートを世界に向けて放映。

貧しい町でしたが市民に誇りが生まれ、犯罪率が減るなどの好影響があったと言います。

 

「“地域が元気になるから芸術に取り組む”ではなく、芸術そのものに価値がなければ、こうした結果にはつながりません。

その中心にいるのがアーティストです。

本フォーラムも、仲道さんがアーティストという立ち位置で立ち上げたことに意味があると思います」
と語りました。

 

 

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プログラム②/講演「アーティストの公共性“舞台”は人をつなぐ」
講師:仲道郁代さん(ピアニスト)

「クラシック音楽を取り巻く環境は、大きく変わってきています。

どうすれば音楽がもっと社会に役立てるのか、アーティストだからこそ考えなくてはなりません」
と、アートが社会に“ヒラク”重要性を語った仲道さん。

 

 

本フォーラムのコンセプト、“聴くことから始めよう”に込めた想いについて、
「昔から日本人は風の音に季節を聴き、人の気配や心の声にも耳を澄ましてきました。

クラシック音楽を聴くときも、実は自分の心の声を聴いていたり、演奏家や作曲家、さらに隣で聴いている人が何を感じているのかも聴いているのです。
細やかで複雑な何かを一生懸命に聴こう、感じようとする。

それを音楽に対してだけでなく、社会のさまざまな場面に活かす方法があるのではないでしょうか」

 

「聴くことは、コミュニケーションの始まり。音楽はすべてのコミュニケーションプログラムの元になれるのです」

と語りました。

 

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プログラム③/ワークショップ体験「音楽から広がる“感覚”」
プログラム④/ふりかえり「音楽ワークショップを体験して」
講師:仲道郁代さん

 

大スタジオに場所を移してのワークショップは、音楽を感性のままに楽しむプログラム。

 

最初に体験したのは、音を出さず演奏の動作のみで表現する仲道さんの「エアピアノ」です。

動きや表情からイメージを受け取った後、同じ曲を今度は音を出した演奏で鑑賞。
「音がなかった時より希望があるイメージ」「印象は大きく変わらない。音がなくても演奏者のイメージが伝わるのだと実感した」と、驚きや納得の反応が返ってきます。

 

続いて「この曲を聴いて、子どもの姿を想像してみてください。どんな気持ちでいると思いますか?」と、ある曲を演奏した仲道さん。

 

 
参加者は「星を眺めている」「眠たそう」など言葉や絵で表現し、感じた印象を数人で共有します。

さらに同じ曲を聴いて「数字」「色」「味覚」と、感覚を変えて得た印象を表現するプログラムが続きました。
単にイメージするだけでなく、同じ数字や色をイメージした参加者が集まって「なぜそう感じたか」を言語化し、発表します。
聞いていると、自分では思いもよらなかった印象やシーンが語られ、曲のいろいろな表情が見えてきます。

 

ここでは、音楽を様々な角度から味わうことを体験すると同時に、同じ曲を聴いても他者とは味わい方が違うこと、その味わい方の違いを発見し、自己と他者を肯定することを学びました。

 

 

 

ワークショップを振り返り、感想を発表する参加者たち。
「言葉をイメージしたらそれに合わせた聴き方をするようになってしまって、先入観は良くないと感じた」

「色や数字など、テーマで曲の印象が変わって驚いた」

などの声に、仲道さんは

「規制された枠の中で選ぶ多様性と、枠に狭められてしまうこと。両方本質ですね」

と話しました。

 

 

 

相手のイメージを「聴く」ことで感覚が広がり想いが変わる。

心の動きを自ら俯瞰するワークは、コミュニケーションのあり方にもつながる要素がありました。

 

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2日目・6月1日(木) at 犀の角、HanaLab.UNNO

プログラム⑤/パネルディスカッション「アートとまちが出会う瞬間(とき)」
パネラー:三澤一実さん(武蔵野美術大学教授)、荒井洋文さん(シアター&アーツうえだ/犀の角 代表)、小澤櫻作(上田市交流文化芸術センター・プロデューサー、(公財)北九州芸術文化振興財団・音楽事業アドバイザー)
モデレーター:津村卓(上田市交流文化芸術センター・館長 兼 チーフプロデューサー)

 

 

2日目は、市内商店街の文化施設『犀の角』でのパネルディスカッションからスタート。
三澤さんは美術、荒井さんは演劇、小澤プロデューサーは音楽と異ジャンルで活動するパネラー陣ですが、「多くの人にアートを楽しんでほしい」と願い試みている点は、相通ずるところ。

 

学生時代から演劇を続けてきた荒井さんは一昨年、地元上田に戻り、イベントスペースとゲストハウスから成る文化施設『犀の角』をオープン。

根底にあった「上田を“変な人”が住みやすい、多様性を受け入れる街にしたい」との思いを語りました。

 

 

 

三澤さんは北御牧村(現東御市)出身。

美大時代に上田の街なかを会場に美術展を主催した経験を振り返り、
「新しい価値観や仕組みを作りたかったんです。ある意味、街に“毒”を入れて刺激したかった」
さらに北御牧村で実施した市民参加の写真プロジェクトでは、

「誰も美に対する憧れがあり、求めている」

と学んだと話しました。

 

 

 

小澤プロデューサーは、海外オーケストラによる教育・地域プログラムの取り組みを紹介。

そうした活動の先駆者として知られる『ロンドン交響楽団』を取り上げ、
「活動の背景には、音楽家と地域の専門家の連携があります。

両者をつなぐマッチング役が育ち活躍している点も重要だと感じました」
『ベルリンフィルハーモニー管弦楽団』の事例では、担当者の「ベルリンフィルは何よりも市民のためのオーケストラなのです」という言葉が印象的でした。

 

 

 

「なぜ街にはアートが必要か」との問いかけには、
「かつて自分自身、どこにも居場所がないと感じていた。

でも大学で演劇に出会い、文化や芸術が自分の居場所や考える契機を与えてくれる実感があった」(荒井さん)
「アートは、年齢や立場など異なる人をつなぐ接着剤になるのではないか。そしてアートの創造性には、時代を変える力がある」(三澤さん)
「子どもには、芸術から得られる“多様性”を学んでほしい」(小澤プロデューサー)
と、三者三様の視点。
聴講者は時に頷きながら、じっと耳を傾けます。

 

続いて話が及んだのが、街における「拠点」の意義について。
津村館長は『犀の角』や古本屋『NABO』、映画館『上田映劇』などを挙げ、
「何か動き出しそうな空気感が、上田の街に広がっていると感じます」
20年ぶりに上田を歩いた三澤さんは、若者が“たまれる場所”が増えたことに驚いたそう。
「我々の時代は喫茶店で語り合っていた。

今はフリースペースなどオープンな場ができて、そこからさまざまな表現が発信される時代になったのかな」

 

 

「アートと、上田の街や市民がどんな出会い方をするのが幸せか」と問いかけると、
「普通の人もアートを使って自己表現できる仕組みにしていかなければ、発展はないのでは」(三澤さん)
「産業として経済的な可能性を感じられるようなことができたら、と常に考えている」(小澤プロデューサー)
「なかなか芸術を自分ごとに思えない方が多い。

だから日常の中に“偶然を仕込んでいく”ことを考えています。

『犀の角』に泊まった人が1階で芝居公演を観たり、お祭りに来た人がパフォーマンスに出くわしたり」(荒井さん)

 

フォーラム参加者には、全国の劇場や美術館職員、文化行政担当者など、アートを発信する側の人も多数います。三澤さんは彼らに向けて、
「今一番不足している部分は、アートを享受できない人たちにどうつないでいくか。そこにみなさんの力を注いで、変えていっていただきたい」
と語りかけました。

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プログラム⑥/ランチミーティング「おはなししましょ」

 

海野商店街のコワーキングスペース『HanaLab.UNNO』に場所を変えてランチミーティング。

参加者は自己紹介やワークショップの感想、日ごろ感じていることなど、和気あいあいと意見交換しました。

 

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プログラム⑦/グループディスカッション「想いを届けよう」
ファシリテーター:仲道郁代さん、津村卓、小澤櫻作

3グループに分かれてのディスカッション。

フォーラムのテーマ「音楽は『地域社会』にどのような活力を創出できるのか」を元に、さらに掘り下げたいテーマをグループ別に話し合い、決定しました。

 

Aグループ「廃校を拠点としたアート×教育の運営」
Bグループ「アートに『普通に生活している人』をどう巻き込むか」
Cグループ「アートでつながる上田市」

 

ディスカッションは60分間。ファシリテーターとして仲道さん、吉本さん、津村館長、小澤プロデューサーも各グループに参加します。

 

 

どのテーブルでも共通していたのが、地域に感じている思いが率直に語られていたこと。

「アートに触れたくてもお金がかかって諦めることが多い」「子育てや介護をしている人も参加しやすく」「農業とアートを絡められないか」など、様々な意見が飛び交います。

ファシリテーターからも、経験や知識に基づくアドバイスや鋭い意見が飛び、終了ギリギリまで白熱のディスカッションが続きました。

 

 

そして発表の時間。
Aグループは、実在する廃校をアートスペースに改装する案を発表。

改装工事をプロジェクト化する、アーティストの移住を誘致するなど、具体的なアイデアを挙げました。

スポンサー制度や有料演奏会など運営資金まで考慮した点は、「アーティストが食べていける仕組み作りは非常に重要」と津村館長が評価。

 

Bグループは、「アートに触れる偶然性を増やす」「子どものうちに良質のアートに触れる機会を作る」などのアイデアを発表。

さらに「グループ内で賛否両論があった」と前置きしつつ、「アートを親しみやすい日常の言葉に変換して伝え、参加しやすくする」という案も出ました。

 

Cグループは「10年後の上田がどうなっていてほしいか」を起点に、「上田には3世代にわたって市内に暮らす世帯が多い。

世代間の交流ができれば」「異業種がつながり、各専門分野から街を良くしていければ」と、農業をキーワードにした提案などを行いました。

 

 

 

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プログラム⑧/コンサート「ピアノとまちが恋をして」
出演:仲道郁代さん

 

『犀の角』で行われたコンサートは、窓の暗幕を開け放して開演。

大きな窓が、海野商店街の街並みをスクリーンのように切り取ります。
「私たちが昨日から考えてきた上田の街。その往来を眺めながら演奏します」

 

 
仲道さんの言葉と共に始まったのは、田中カレン作曲『こどものためのピアノ小品集 光のこどもたち』から3曲。

中には昨日の音楽ワークショップで演奏した曲も。

 

満席の観客が、ステージではなく窓の外に視線を向けて音に身を委ねます。

見慣れた風景や往来を繊細な音色が彩り、街がいつもと違って見える不思議な体験でした。

 

グリーグ作曲の『抒情小曲集』は、
「このフォーラムだけのスペーシャルバージョンです。“ピアノとまちが恋をして”」

 

 

演奏と共にスクリーンに映し出されたのは、上田の街を切り取ったいくつもの写真です。

赤い鉄橋を駆け抜ける電車や公園で遊ぶ子どもたち、見慣れた商店街や街の人の笑顔、みずみずしい緑の里山……。
ピアノの音色と上田の情景のコラボレーションに、胸が躍ったりしみじみと見入ったりと、さまざまな想いが呼び起こされました。

 

最後は、ショパン作曲『アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ』。

 

 

窓もドアも開け放ち、街の雑踏や夏の日差しを感じながら、のびのびと華やかな演奏に魅了されます。

車のエンジン音や移ろう影も舞台装置の一部のようで、会場と街が一体となる贅沢なひと時でした。

 

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プログラム⑨/まとめ・閉会「アートとまちが結ばれて」
鼎談:仲道郁代さん、母袋創一(上田市長)、津村卓

 

最後を締めくくるのは、アーティストと市長、公共ホール館長という多彩な顔ぶれでの鼎談です。

街にアートの拠点が生まれつつあることに母袋市長は、
「我々行政には、公共施設を使わなくてはダメという意識が強い。

民間の場所をもっと使って一緒に栄えていくことが、住民や将来を担う子どもたちのためになると思います」
津村館長も、
「1カ所が頑張るのでなく、街全体が“面”で面白くなることが重要」
と応じました。

 

 
こうした拠点に人が集う時、芸術が間にあることで知らない者同士にもコミュニケーションが生まれる、と仲道さん。
「豊かなものを提示される、そのかけらの様々を受け取って考えたり感じたりすることが、人間の本質的な行為なのだと思います」

 

さらに仲道さんは、近年耳にする「社会包摂のためにアートを」という流れに対し、
「社会包摂と名打つと、本当の意味の多様性はなくなってしまうのでは」
津村館長も

「主語が芸術ではなく、福祉などに変わってしまいますね。

反面、アートには力があるので、社会の課題にどれだけ向き合い貢献できるのかは明確にしていった方がいい」
と語りました。

 

そして話題は教育へ。
「文化芸術的な環境の格差は、20年後に大きな差となって現れると思います」(津村館長)
「子どもは親や学校だけでなく、周囲の人や街が育てます。

 

以前、『文化行政の効果を数字で表してくれないと、税金を出しにくい』と言われたことがありますが、子どもを育てる時に何%見返りがあるからお金を出す、と考えるでしょうか。

文化は投資。賢く投資しなくてはなりませんが、数字では計れないものです」(仲道さん)
「サントミューゼ設立時の住民説明会で訴えたのは、文化芸術がもたらす効果。

人生を楽しくするし、今は民間企業も公務員も、企画力や発想力が求められる。

それを培うには経験がすべてだと思います」(母袋市長)

 

 
「吉本さんの講演でもあった『経済・産業』『教育・福祉』『地域創生・観光』、この3つの真ん中に芸術文化をコーディネートすることでどう面白い街になるか。

実際に黒字にしている街は山ほどあります。

コーディネーターやアーティストの人材育成も大切。

全部重なれば黒字になるし、将来ずっと残る街になるのではないでしょうか」(津村館長)

 

 

 

未来への希望を語り、2日間のプログラムは幕を下ろしました。

 

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2日間を終えた参加者は、「新鮮な発見があった」「仲道さんの言う“芸術の不確かさ、複雑さ”と、ホールに求められる“公共性”が矛盾して難しいと感じたが、自分なりにクリアしたい」と、それぞれ心に得るものがあったようです。

 

「地域とアート」というテーマに共鳴し、アーティストと行政関係者、そして地域とアーティストをつなぐホールと、異なる立ち位置の人々が集った今回。

中心にアーティストである仲道さんがいたからこそ、「社会」「地域」が主語になることなく、芸術の素晴らしさ、不確かさを前提に街への貢献のかたちを探る視点は一貫していました。

 

仲道さんは2日間を振り返り、
「アートがあることで、街がどれだけ楽しくなるかということを感じました。

上田だけでなく、この“種”を全国に撒いていく、その始まりになるフォーラムだったと思います」
と、この一歩が他の街へ広がり、「音楽がヒラク未来」を作っていくことに期待を寄せました。