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【レポート】セレノグラフィカ ダンス公演『とこしえに』

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セレノグラフィカ ダンス公演『とこしえに』
2017年18日(土)・19日(日)
小ホール

 

関西を拠点に国内外さまざまな場所で活動を展開するダンスカンパニー・セレノグラフィカ。

ダンサーの隅地茉歩さんと阿比留修一さんは、サントミューゼでこれまでの2年間、レジデント・カンパニー事業の活動を行ってきました。

1年目は上田市のさまざまな地域に出てアウトリーチやワークショップ、市民参加型公演などを行い、2年目は約1カ月にわたる滞在制作を行い、2月18日(土)・19日(日)と上演をしました。

※市内アウトリーチ活動の様子はこちら

 

 

今年で20周年を迎え、その年月はあっという間に過ぎたと語った隅地さんと阿比留さん。

あらためてダンスと向き合う中で、生命を失うまでに自分はどう踊り続けていけるのかを考えたそうです。

一瞬一瞬を大切に時間を積み重ねることが大切だと考えた2人は、無常に何かが永続しているさまという意味があるタイトル『とこしえに』にたどり着きました。

 

公演初日、会場にはこれまで上田市で行った活動に参加して興味を持った人をはじめ、遠くは静岡県や島根県から訪れた人などさまざまでした。

開演を待っていると、風や車が走り過ぎる音が聞こえてきます。

小ホールという閉ざされた空間にいながらも屋外にいるような、はたまたどこかドアが開いていて外とつながっているような気分。

 

 

 

まっ暗なステージに1本の細い光の道がすっと伸び、そこを綱渡りするようにぐらぐらと歩く阿比留さんと、対照的にまっすぐ前を向いて静かに進む隅地さん。

 

 

「男と女がステージにいるというだけで、自然と生まれるストーリーがあるのかもしれない」

 

以前の取材でそう仰っていた2人の言葉通り、デュエットという在り方にこだわってきたセレノグラフィカの物語が始まります。

 

 

 

暗転してシーンが変わり、ステージの真ん中にある5m幅もある漆喰塗りの壁を静かに押し始めて回転させていきます。

反対の面にはドアが付いたまっ黒の壁に切り替わりました。

この壁が “第3の登場人物“「マダム・ブランとムッシュ・ノワール」として重要な役目を果たしています。

 

 

前半で印象的だったのは、阿比留さんが用意した水が入っていない水槽に隅地さんが真っ赤な毛糸玉を入れたシーンでした。

静かな雰囲気から一転して際立つ色がたった1色入っただけで躍動感を感じました。

 

 

 

毛糸玉を投げては拾ってをくり返すうちに、床にどんどん糸がからまって広がり、それを隅地さんが元に戻そうと巻き直し始めました。

丁寧に、丁寧に巻く隅地さん。一方阿比留さんはぐるんぐるんと雑に振り回していく。

 

そしてふと、この言葉を思い出しました。

「身体に対して乱暴だったり、雑だったり、鈍かったりすることが好きではないので、そうならないように常に思っています。身体は本当に繊細で、敏感なものですから」(SANPOMYUZE vol.2 セレノグラフィカインタビューより)

 

 

もしかしたらこのシーンは、男女が心を通わせて、近づいていくシーンだったかもしれないが、細かな動きから私は隅地さんの言葉がぽんとよみがえりました。

 

 

後半では、隅地さんによる池澤夏樹さんの『母なる自然のおっぱい』から引用した物語が語られていく中、再びステージに1本の細い光の道が伸びて前半のはじまりと同じように2人が登場。
そして壁を2人でゆっくり、ゆっくりと客席へと押し進み、ステージギリギリのところで方向を切り替えて壁をはけました。

というよりも、「壁がここで退場」といったほうが良いかもしれない。

それほどまでに壁は2人とともに踊るダンサーのようでした。

 

 

 

ガランと広くなったステージでソロパートへ。

壁という存在が無くなった分、隅地さんと阿比留さんの2人の体に自然と意識が向かいます。

 

 

 

そしてデュエットに転じ、男と女がすれ違ったり、老人の世界を表現したり。

結成20周年からさらに年月が過ぎた2人はどう踊り続けていくのだろう。

そんなことを考えながら、一方で私の身体もどう変化ていくのだろうかと、いつしかダンスを通して身体に向き合っていきました。

そうやって時間を忘れて観ていると、不思議と今いる場所に引き戻される瞬間が起こります。

 

 

今回使用した楽曲には、上田市内の小中学校の子どもたちの声、千曲川、上田電鉄別所線などセレノグラフィカが自ら収録した上田市を歩けば出合える、日常の音が使われていたのです。

その音が流れるタイミングごとにステージで繰り広げられる異世界からふと現実を思い浮かべたり、上田市の自然や広い空を思い浮かべたりと、踊る2人の姿と自分を対比したり、リンクさせたり、さまざまな思考を出したり、引っ込めたり。70分という公演時間ながらとても濃密で、終えてからもシーンを振り返っては考える時間が続きました。

 

「想いは僕たちが込めるものではなくて、お客さんに受け取ってもらう」(SANPOMYUZE vol.2 セレノグラフィカインタビューより)

 

 

この言葉どおり、言葉がない身体表現だからこそ、より自由に想いを巡らせる楽しさを味わった公演でした。


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