サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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アナリーゼ・ワークショップ vol.52~仲道郁代~

みる・きく体験する
会場
サントミューゼ

2021年8月26日(木)19:00~20:00 サントミューゼ小ホール

 

サントミューゼの2021年度レジデント・アーティストであるピアニスト・仲道郁代さんのアナリーゼ・ワークショップの様子をレポートします。

 

9月に予定されているピアノ・リサイタルのテーマは「幻想曲」。仲道さんは「幻想曲は即興的で自由度が高い」と言います。作曲家は万華鏡のように移ろいゆく心模様をさまざまな音に変えて、思いを連ねていく。それをどう曲としてまとめていくのかというところに、作曲家の個性や力量が出ます。

 

「幻想曲はパーソナルな思いを音にしていくもので、私がそこにどのような思いを重ねて演奏するのかをお話します」と、アナリーゼがはじまりました。

 

 

 

作曲家たちはどんな思いで曲を書いたのか。仲道さんは「もちろん心の本当のところは分からないものです」と前置きしつつも、「こちらが聞こうとしなければ聞こえない世界がある」と、数々の曲を弾きこんできた仲道さんだからこそ感得できる音楽世界を教えてくれます。

 

1曲目は、ブラームスの「2つのラプソディOp.79より第1番」です。ラプソディ(狂詩曲)と名付けられたこの曲を選んだのは、「幻想曲的な範疇で、ブラームスにしては気負いがない」からだとか。

 

仲道さんは、ブラームスはどんな人だったのだろうと想像します。「ブラームスは、作った曲を信頼している人に聞いてもらって直すことを繰り返していました。どう評価されるかを気にする人だったのだと思います。その自己肯定感の低さゆえに響いてくるものがあると私は感じています」。

 

「いろんな民俗的なモチーフを取り入れた暗く力強い曲想の中に、心の裏にある悲しさや自信のなさとそれを打ち破りたいともがく気持ちが感じられる」というのを、和声の面からも読み解いていきます。

 

次は、シューマンの「クライスレリアーナOp.16」。クライスレリアーナとは、作家・画家・音楽家といくつもの顔を持つE.T.A.ホフマンの音楽評論集のタイトル。この音楽評論集にインスパイアされた8曲からなる幻想的な曲集で、シューマンを代表する傑作です。

 

仲道さんは高校時代にクライスレリアーナと出会い、「弾くと泣けて泣けて仕方ない」ずっと大好きな曲のひとつなのだとか。青春時代にシューマンを数多く弾いてきた仲道さんにとって、とりわけ思い入れが深い作曲家のひとりであることが伝わってきます。

 

 

 

 

明るくエネルギーにあふれた人と、瞑想的な人の相反するキャラクターが息づくシューマンの音楽は、和声からもその特色を見出すことができます。

 

8曲それぞれに対応したホフマンの文章を読み上げつつ、特徴的な部分を弾いて、クライスレリアーナの世界を垣間見させてくれます。

 

続いてのショパン「幻想曲 Op.49」は、「聞きやすい作品が多いショパンには珍しく、思いがぐるぐると巡るような作品」と表現。ショパンは友人や恋人との別れが重なった時期にこの曲を作り、その影響もあるのではないかと分析します。

 

リサイタルの最後の2曲はスクリャービン。「12のエチュード Op.8より 第1番、第12番」と「幻想曲 Op.28」です。スクリャービンは、ニーチェの超人思想や神智学に影響を受けた、神秘主義的な前衛的作品をのこします。音と色が連動して感じられる「共感覚」の持ち主でもあったとか。仲道さんはスクリャービンの作品をあまり弾いてこなかったため、今回とても楽しんで弾いているそうです。

 

仲道さんはさまざま曲想が現れる幻想曲を弾く時、作曲家たちが「やむにやまれぬ思い」を音にして浄化していることが伝わると、心が動かされると言います。

 

 

 

「コロナ禍で演奏会がなくなる中、何が大事か改めて考える時間が持てました。『うまく弾く』『すごい演奏』という価値基準ではなく、作曲家や聞いてくださる皆さんと共鳴して、心震わせる時間を私は持ちたいのだという思いに至りました」と話す仲道さん。

 

9月のリサイタルでどんな“共鳴”が生まれるのか、ますます楽しみになりました。