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【レポート】高橋多佳子~アーティストインレジデンス~2019年10月編

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高橋多佳子 ~アーティスト・イン・レジデンス~【10月編】

2019年10月11(金)・12日(土)

 

今年度のレジデント・アーティストをつとめるピアニストの高橋多佳子さん。
11月のリサイタルを前に開催した、地域ふれあいコンサートとアナリーゼワークショップの模様をレポートします。

 

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ワンコイン地域ふれあいコンサートvol.48

高橋多佳子 ピアノコンサート

2019年10月11日(金) 19:00開演 丸子文化会館小ホール

 

丸子地域で6回目の開催となった「地域ふれあいコンサート」。
台風19号の影響で天候が悪い中、9月12日の真田中央公民館でのコンサート同様、たくさんの人が高橋さんの演奏を楽しみに訪れました。

 

 

高橋さんのコンサートに毎回足を運ぶ男性や松本市から来た親子、丸子地域のクラスコンサートで高橋さんの演奏を鑑賞した小学生とその親など、さまざまな地域から幅広い年齢層の観客が集まりました。

 

「音楽とピアノの素晴らしさを伝える1時間にしたい」という想いで選んだプログラムは全6曲。

はじまりに選んだのは、ベートーヴェンの「ピアノソナタ 第8番 作品13より 第2楽章 アダージョ・カンタービレ」です。
通常は第2楽章だけを演奏することはあまり無いですが、高橋さんは「曲の美しさとベードーヴェンの優しさを感じる」という理由で選曲しました。
クラスコンサートで訪れた小学校のほとんどの児童たちもベートーヴェンは認識率が高く、その知名度の高さに驚いたというエピソードも披露。

 

 

2曲目は「ピアノを習っている人なら、いつかは演奏したい曲の1つだと思います」とショパンの「幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66」を演奏。
その最中、前列にいた女子児童2人が高橋さんの手元を食い入るように鑑賞。どうやら今度の演奏会で弾く予定らしく、「どのように演奏するのか観たくて来ました」とのこと。
高橋さんの演奏そして指の動きに驚きっぱなしだったと話していました。

 

つづく3曲目には、同じくショパンで代表作品ともいわれている「ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53 英雄」です。
「ポーランドがたどった歴史と作品がリンクするよう」
と高橋さんが語ったように、さまざまな感情が曲と演奏から伝わります。

 

4曲目にはラヴェルの初期作品「亡き王女のためのパヴァーヌ」を演奏。
のちにオーケストラ版に編曲されましたが、ピアノ曲も優雅でありながらもどこか哀愁を感じさせる旋律が美しい曲です。

 

後半では「地域ふれあいコンサート」初となる「質問コーナー」を開催。
「ピアノがうまくなるには何をすれば良いですか?」という質問には、たくさん練習をすることだとズバリ回答! 何度も聴いて、練習をする中で、自分で曲のコツを見つけることが大切だと答えました。

ほかにも「幻想即興曲の練習方法は?」という質問には、曲を細かく分けて、例えば一節ごとに音合わせ、指合わせ、リズムの練習を何度もしていくようにしているとの答えに、会場からはおどろきの声が上がりました。

 

 

想像以上に盛り上がった質問コーナーを終えて、ガーシュウインの「ラプソディー・イン・ブルー」を演奏。
ジャズテイストあふれる華やかな曲でこの日のコンサートを終えました。

鳴り止まない拍手に応えてアンコールでは、ドビュッシーの「月の光」を演奏。
観客からは「今までにいろんな演奏家の『月の光』を聴いてきましたが、高橋さんの演奏はずば抜けて美しく、神々しく光る月が思い浮かびました」という感想も。

 

終演後のホールでは、たくさんの観客が感想を伝えようと高橋さんの元へ行きました。

一人ひとりとじっくり会話を楽しみ、「次回はコンサートホールで会いましょうね」と声をかけ合う。そんな気軽さが“ふれあい”コンサートの醍醐味だと言えるでしょう。

 

アウトリーチで訪れた小学校からもたくさん子どもたちが来てくれました。

 

 

 

 

 

 

【プログラム】

ベートーヴェン:ピアノソナタ 第8番 作品13より 第2楽章

ショパン:幻想即興曲 嬰ハ短調 作品66

ショパン:ポロネーズ 第6番 変イ長調 作品53「英雄」

ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ

ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー

 

【アンコール】

ドビュッシー:月の光

 

 

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高橋多佳子~アナリーゼワークショップvol.33

2019年10月12日(土)14:00~15:00 サントミューゼ小ホール

 

11月16日(土)に控える高橋多佳子さんのリサイタルのテーマは、「ベートーヴェンからショパンへ~ピアノへの情熱」。

高橋さんは、ふたりの共通点を「ピアノを使って非常に多くのことを伝えようとした」点にあるのではないかと分析します。

 

アナリーゼは、ベートーヴェンのピアノソナタからはじまりました。

ベートーヴェンは生涯で32曲のピアノソナタを書きました。
バッハの「平均律クラヴィーア曲集」が“旧約聖書”だとしたら、ベートーヴェンのピアノソナタは“新約聖書”と言われるほど、ピアニストにとっては非常に大切な作品群だと高橋さんは言います。

 

 

まずは、ホワイトボードを使いながら、ソナタの形式を説明します。

第1主題と第2主題が提示される「提示部」、そしてそれら主題を発展させる「展開部」、そして主題が再び現れる「再現部」の3パートに分かれています。

また、第1主題と第2主題は対照的なキャラクターで書かれることが多く、調についてもセオリーがあります。
とはいえ、こういった決まり事も、時代が下るにつれて変わっていったそうです。

 

 

ここから、「ピアノソナタ第9番」の分析に入っていきます。

この曲は、高橋さんが高校時代に試験で弾いた思い出深い曲です。
今回のリサイタルでの演奏は、その時以来なのだとか。

 

第1主題、第2主題、そして展開部、再現部と進みます。
「シンプルだった第2主題のフレーズを、再現部では華々しく変えています。すごく素敵ですね。ショパンの『バラード第4番』でも同じようなところがありました。ショパンはベートーヴェンの曲もよく弾いていたので、こういうところでヒントを得ていたのかもしれないと今、気づきました!」
と、アナリーゼしながら新発見があったようです。

 

「ベートーヴェンは片づけられない人だったと書かれた本がありましたが、楽譜は驚くほど几帳面で、それを読み取れるかどうかで演奏が大きく変わります」

例として「ピアノソナタ第21番 ワルトシュタイン」を挙げ、近い箇所で8分音符のスタッカートと4分音符のスタッカートを書き分けてあることを、楽譜を映写しながら説明します。

 

 

この話は今回のメイン、「ピアノソナタ第23番 熱情」にも繋がります。この曲は8分の12拍子という非常に珍しい拍子です。
1小節に8分音符が12個入るので、細かい音符でリズムを刻む必要があるのです。
「音大の授業みたいですけど……」と恐縮しながら、厳しいリズムが緊張感を生んでいるので、漫然と弾くと違う曲になってしまうことを、実際に弾き分けて聞かせてくれました。

他にも、全楽章を通じて何回も出てくる「二度の動き」や、いろんな作曲家が好んで使った「ナポリの和音」、さらに後の「交響曲第5番 運命」に繋がった「運命の動機」と呼ばれるモティーフ、長いペダルで不思議な響きを要求する箇所など、楽曲に隠されたたくさんの“仕掛け”を丁寧に説明していきます。

 

 

そして、ショパンの「4つのマズルカ」です。ショパンの祖国ポーランドの伝統的舞曲であり、「ショパンを知りたければマズルカを知れ」と言われるほど、キーになる形式です。

 

まずは音源でポーランド国歌を聞きます。
これはショパンの時代から歌われていた「ドンブロフスキーのマズルカ」で、勇壮な曲調です。

実は、マズルカという舞曲は存在しません。ポーランドのさまざまな舞曲の総称がマズルカといいます。

代表的なものは3つ、元気のいい「マズル」、哀愁を帯びた「クヤヴィアク」、そして速い回転を伴う踊り「オベレク」があります。
ショパンのマズルカは、1曲の中にこれらが複数出てきます。

 

ショパンがマズルカを知ったのは、14歳の頃。体が弱かったショパンは夏、空気のいい田舎で過ごしていました。
そこで、地元の人々の音楽と踊りに触れて大いに興味を持ったのがきっかけでした。
そんな、伝統的なマズルカの音源を何曲か続けて聞きます。

何拍子かまったく分からない独特のリズムで、土っぽさを感じさせる素朴な印象です。
これを非常に洗練させていったのがショパンのマズルカなのです。

 

ショパンは生涯にわたってマズルカを書き続けました。最期、ベッドの中で書いた作品もマズルカでした。

「もしかしたら、お客様に発表するというよりも、心の中のつぶやきを日記のようにそっと書き留めたのがショパンのマズルカなのかもしれません。マズルカは、知れば知るほどいい曲が多く、ピアノの巨匠ホロヴィッツはマーラーの交響曲1曲分に匹敵するほどだと言っています。ぜひ、いろいろ聴いてみてください」

 

 

さらに、ショパンの他の曲にも高橋さんの解説は及びます。
ショパン18歳の時の作品で、ポーランドの景色が目に浮かぶような、長調ながらなんとなく物悲しい「ポロネーズ第9番」。

ポーランドの古都クラクフ地方の舞曲「クラコヴィアク」で書かれている「ロンド 変ホ長調」。

高橋さんが「傑作中の傑作です。後期の最後のきらめきを感じさせる作品」と絶賛する「舟歌 嬰へ長調」。

そして、ショパンが世界に向けて「ポーランドここにあり」と力強く綴った「英雄ポロネーズ」。

「どれも本当にいい曲です。もっと弾きたくなりますが、あとはコンサートのお楽しみということで」と名残惜しむようにアナリーゼは終了しました。

 

心底惚れ込んでいるベートーヴェンとショパンの曲を次々に繰り出しながら、それぞれの曲の美しさ、チャームポイントを熱心に語る高橋さんのアナリーゼは、11月のリサイタルへの期待を高めてくれました。

 

最後は質問コーナーと、参加者のみなさんとの記念撮影で締めくくられました。

 

 

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11月16日(土)午後、サントミューゼでは約3年ぶりとなる高橋さんのリサイタルを開催します。

 

リサイタルの詳細はコチラ