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【レポート】高校生が創る実験的演劇工房 5th「ハレハレ。上田ver.」

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高校生が創る実験的演劇工房 5th「ハレハレ。上田ver.」

ワークショップ・稽古/2018年11月23日(金)~25日(日)、12月1日(土)~12月7日(金)

公演(2チーム制)/「チームS.A.U」:2018年12月8日(土)開演14:00、「チームマ行」:9日(日)開演14:00

@大スタジオ

 

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上田市内の高校の演劇班員たちが、全国で活躍するプロの演出家と一緒に一つの舞台を作り上げる「実験的演劇工房」。

5回目を迎えた今回一緒に取り組むのは、福岡県出身の劇作家・演出家で「演劇関係いすと校舎」代表の守田慎之介さん。

演じる作品は、守田さんが2年前に北九州の高校生のために書いた作品「ハレハレ。」の上田バージョンです。

練習期間わずか10日間、2チーム公演という試みに高校生たちは全力で取り組み、等身大の「ある家族の日常」を描き出しました。

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■日常の「音」「風景」を意識するワークショップからスタート

 

上田高等学校、上田染谷丘高等学校、上田東高等学校、丸子修学館高等学校の演劇班から集まった25人のメンバー。この日は脚本と演出を務める守田さん、そして演出助手の高野由紀子さんとの初顔合わせです。高野さんは守田さんの主催する劇団所属俳優であり、高校生と近い目線でサポートしてくれる頼もしい存在です。

 

「今日はみんなに上田のことを色々教えてほしいし、僕がどんな芝居を書くかもみんなに知ってもらう時間にしたい。まずは体を起こしていきましょう!」

と守田さん。高野さん指導のもとストレッチで体をほぐし、さらに一見演劇とは関係のないようなさまざまなゲームを通じて互いのことを知っていきます。

 

 

一息ついて守田さんが見せてくれたのは、福岡の拠点にしている「自宅劇場」の写真です。もともと守田さんの祖父の家だった民家を活用した、公演を行っているのだそう。

「家が舞台だから、僕の作品は家を描いたものが多いんです。音や匂いも大切で、2階で誰かが歩く足音も芝居に使えるし、夏は裏山からセミの声が聞こえるから、冬の芝居を夏にやることができない(笑)。今回みなさんと作る『ハレハレ。』も家が舞台の作品です。今日はみんなで周りにある音や風景を探してみましょう」

 

そして全員で外に出て「音ハンティング」へ。千曲川の堤防に立ち、見慣れた山や川、道路などの景色から「自分だけのスペシャルな音」を探します。

 

 

 

 

高校生たちがそれぞれ言葉で発表したのは、例えば同じ「川の水音」でも「ゆうゆう」「ザー」「きらきら」と実に様々。さらには音のない風景からも「山がぽこぽこ」「太陽がひしひし」「枝についた葉っぱがフラフラ」「雲がゴワゴワ」など自由に音をイメージしていました。

最後は「今日の上田を音で表現しよう」と、それぞれが見つけた音を一斉に声に出し、その不思議な共演と広がるイメージを楽しみました。

 

 

その後、「ハレハレ。」の台本の一部が配られました。セリフは九州の方言で書かれているため、「みんなの言葉でしゃべってほしいから、上田の言葉に直していこう」と守田さん。全員で輪になり、例えば「寝とったやろ?」は「寝てたでしょ?」、「言いよんやろ」は「言ってんの」など、高校生たちの意見に合わせて書き換えていきます。

 

 

守田さんの脚本は一つひとつのセリフの短さが特徴の一つ。テンポよく会話を進めることが重要です。さらに守田さんが「一番大変」と話したのが、「声を作らない」ということ。

 

「“家”を描いた芝居だから、日常の延長のような感じにしたいんです。どうしても演技がしたくなると思うけど、今回はなるべく普段の自分の声で“フラットな芝居”を目指してほしい」

 

3人ずつに分かれて一つのシーンの読み合わせをした後、すぐに発表の時間へ。配られたばかりの台本ですが、動きも自分たちでイメージして取り入れています。普段の自分たちの演劇と違う「自然な芝居」を意識しているのが伝わってきますが、なかなか苦労している様子。

 

 

守田さんからは「反射的に言葉を返す部分と、相手がしゃべった言葉を受け止めて返す部分とをイメージして」「舞台をめいっぱい使おうとしない。空間が狭いと体をどう使うか、どうセリフを言うか考えるからリアルになる」「もっとダラッとやっていい」と次々と指導が飛び、役者たちはその場で考えながら繰り返し演じていきます。

 

 

登場人物も、彼らと同じ高校生。同じ役でも演じる人によって個性が生まれるのはもちろん、日常のシーンだからこそ、役者の素顔も垣間見えるようなおもしろさがあります。

 

練習後の高校生たちに感想を聞いてみると「ザ・演劇という感じではなく日常の劇なので新鮮。でも難しい!」「舞台を狭く使ったり声を作らないというのができる気がしないけれど、普段の自分と親との会話を参考にしたい」といった声が。中には「現代劇を演じるのは初めて」という生徒もいるなど彼らにとって新境地となりそうですが、「上田の高校生らしさ」が現れた芝居が楽しみです。

 

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■10日間の稽古で「日常」を作り出す

 

台本が配られてから本番まではたった1週間。今回は2チームに分かれ、2日間の公演を1公演ずつ務めます。

 

本番と同じ大スタジオにセットが組まれた稽古初日。「まだセリフを覚えきれていない」と不安な声も聞こえる中、台本を片手に1チームずつ稽古がスタートしました。

 

 

舞台はある地方都市に暮らす高校3年生・桃子とその妹、ひかりの部屋。
毎年恒例の一家総出の餅つきに合わせて、幼なじみや高校の友達など9人の高校生が続々と手伝いに訪れます。
年の瀬の慌ただしい空気の中で、たくさんの人が入れ替わり立ち替わり現れて何気ない会話を交わす。
日常の延長の、でも少し非日常的な時間を切り取った中から、あと数カ月で実家を離れる桃子の思い、それを見送るひかりの複雑な心境が見えてきます。

 

稽古では一つのシーンを繰り返し練習し、一回ごと守田さんから温かくきめ細かい指導が飛びます。
小さな部屋という設定上、大きな動きはないからこそ、感情の動きを反映した細かな口調や小さな動作の積み重ねで全体の雰囲気を作りあげることが肝。

「これはどういう会話なのか、みんなの中でまだぼんやりしている。自分の中で整理して」(守田さん)

 

 

例えば、家が青果店である幼なじみの薫がかぼちゃを手土産に現れた場面では

「桃子には最初、『餅つきの日にかぼちゃ?』というニュアンスがほしい。薫は『私もそれは分かってる』という感じで。そうしたら桃子が『うそうそ、うちのばあちゃんかぼちゃ好きだからね!』とフォローする」

と守田さん自ら口調や動きを示してみせると、役者たちは熱心に台本に書き込んでいきます。指導をもとに芝居が変わっていくと同時に、それぞれのキャラクターの個性が際立ってくるのが分かりました。

 

日常を舞台にした芝居ゆえ、自然なリアクションもポイントです。役者は次の展開が分かっているからこそ、目線や体の向きが無意識に「次」に向かいがちですが、「他の人の言葉や動きを受けて初めて反応する」という部分も何度も練習し、リアルなやり取りを作り上げていきました。

 

 

スタッフを担当するメンバーも音響と照明に分かれ、サントミューゼスタッフのもとで稽古を支えます。
どこからか聞こえてくる自然なチャイムや下校の音楽、夕焼けの光など、自然な効果で日常という世界を作りあげていきます。

 

本番まであと3日に迫った稽古7日目までにはセリフも動きもしっかりと自分のものにした高校生たち。
さらにもう一段おもしろくするチャレンジが続きます。

 

役者たちが最後まで苦労していたのが「自然体の演技」です。「舞台に立つとどうしても力が入ってしまう」「なんで舞台の上ではこんなに自然にできないんだろう」と、頭では分かっていても表現し切れないもどかしさを口にする生徒も。これまで高校で取り組んでいた演劇とは違う表現、しかも10日間という短い期間でのチャレンジ。彼らにとって大きな挑戦になっていました。

 

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■ゲネプロ、そして本番。高校生だから表現できる等身大の思い

 

公演前日。この日は衣装も照明も音響もすべて本番さながらの通し稽古「ゲネプロ」が行われました。

 

 

「自分一人でやろうとせず、誰かと会話をしていることを意識して。誰かが必ず助けてくれると思って、自分も誰かを助けるつもりで」(守田さん)

舞台中央には、階段で上る壇上に組まれた桃子とひかりの部屋。
その周囲で餅つきの準備をする人たちが行き交ったり、舞台を取り囲む2階通路を道路に見立てて室内外で会話が行われたりと立体的な動きが生まれ、時に会話がクロスオーバーする様子も誰かの日常をのぞいているようです。

 

「テンポがよくなっているけど、早すぎて会話が成立していないところもあります。それではお客さんはおもしろさを見つけられない。ちゃんと会話して、相手に丁寧に反応する、それですごく見やすくなります。最後まで粘ってください」(守田さん)

 

セリフの口調、間の取り方、動き方など細部まで妥協せず、自ら体を動かしながら指導する守田さんの言葉に熱心に耳を傾ける役者たち。
たくさんのメモが書き込まれた台本は、すっかりボロボロになっていました。

 

そして迎えた本番、客席は満席に。開演前、ステージの前には行き交う役者たちの姿が。
聞こえてくる彼らの会話は学校のテストの話や血液型の話など、日常そのもの。これも芝居の一部?と、観客は半信半疑でその様子を見守ります。

 

まるで日常の延長のように、いつの間にか舞台の幕は上がっていました。AMラジオが流れる中、部屋のこたつに寝転んで何をするでもなくダラダラと過ごす桃子。
一方で、周囲には忙しく餅つきの臼と杵を運ぶ人、鍋の蓋を探す人。年末のせわしない雰囲気と隔絶されたような桃子の部屋にも、次第に人々が集まってきます。

 

親しい友達やきょうだいとの、軽快で何気ない会話。そこには誰もが「分かる分かる」と頷いてしまう不思議な心地よさがあります。
そこまで作り上げた空気には、彼らの濃密な練習の跡がうかがえました。

 

印象的だったのが、部屋に入れ替わり立ち替わり現れる人たちの顔ぶれによって、微妙に舞台の空気が変化すること。
気心知れた幼なじみとののんびりした空気や無邪気にはしゃぐ女子高校生らしいテンション、さらにいとこが連れてきた初対面の男子とのコミカルなやり取りには客席に笑いが起こります。そうしたにぎやかな「動」のシーンの後、卒業を控えた高校3年生だけが集まったシーンではどこかしみじみとした「静」の雰囲気に。何より、桃子とひかりの姉妹ならではの空気は、つっけんどんな中にもどこか温かさと信頼があり、たとえ言い合いになっても「この二人は思い合っているんだな」ということが伝わってきました。

 

 

 

守田さんは公演前、この芝居のキーワードに「見送る」を挙げていました。卒業式やお葬式など、人生は見送られるよりも見送る回数が圧倒的に多い。
家族という枠で見たときも、弟や妹は後からその家にきたのに置いていかれるような不公平感がある、と。
去っていく者、ここに残る者。ありふれた会話の中に、そんな対比が浮き上がってきます。

 

若者の何気ない日常の会話を通して描く、少しの切なさ。それを表現したのは、同じ高校生である彼らの等身大の挑戦でした。

 

 

 

 

終演後、ロビーでお客様を見送る彼らの表情は晴れやかでした。終演後の楽屋では、

「これまでで一番自分に近い役だったからこそ、『この役ならこうだな』と想像して取り組めた」「他校のみなさんといい雰囲気で混ざり合えて良かった」という声も。
これまで3年間、「実験的演劇工房」に参加した人からは「これに参加しなかったら自分の学校の形式しか知らなかったし、演劇にいろいろな形があることを知れなかったと思う。演劇の視野が広がったし、向き合い方が変わった」との声も聞かれました。

 

自身にとっても挑戦だったと振り返る守田さんは、

「短い日数だからこそ、みんなテンションを上げて突っ走ってくれたと思う。もともと高校生たちがどういう思いや悩みを持っているかを聞いて書いた作品なので、もしかすると本人たちも数年後に見返して『こういうことなのか』と分かるのかもしれません。普段なら役者に『思いを隠して表現して』というところを、今回は高校生だからこそ思いを発散しても舞台上で輝く、違和感がないんだという発見がありました。」

と感慨深く語ってくれました。