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【レポート】高校生が創る実験的演劇工房6th『THIS IS ME』

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高校生が創る実験的演劇工房6th『THIS IS ME』

2019年12月14日(土)15日(日) 両日14:00開演 at 大スタジオ

 

今年6回目を迎えた「実験的演劇工房」。上田市内の高校の演劇班の生徒たちとプロの演出家が限られた日数でひとつの舞台を作り上げる、まさに“実験的”プロジェクトです。

今回演出・監修・指導を手がけるのは、劇団「東京デスロック」を主宰する多田淳之介さん。戯曲(台本)を使わず、生徒たち自身の言葉を演劇にする新しい試みが行われました。

 

■演劇の可能性を知ったワークショップ

 

稽古開始は、本番まで2週間に迫った11月30日。しかもこの時点では、どんな内容になるのかまだ誰も知らない状況です。

参加する高校生は上田東、丸子修学館、上田染谷丘の3校の演劇班から集まった13人。昨年までの「実験的演劇工房」に参加した生徒も多く、中には稽古期間中に受験を控えている3年生も。

自己紹介で多田さんは、

「今日明日のワークショップを通して、どんな作品を作れるか考えたい」

と話しました。

 

ゲームで頭と体を目覚めさせた後、多田さんが見せてくれたのは、既存の枠組みにとらわれない独創的な演劇の映像です。

例えば「健康」をテーマにした北九州の市民劇は、観客も役者も60代以上。舞台と客席でコール&レスポンスが起こったり自由に話しながら鑑賞したり、一体感が伝わってきます。

 

「みんなで一緒に観るから、演劇は楽しい。こうして自分たちの問題をシェアするために演劇を使うと、伝わるし考えるんですよね」(多田さん)

 

 

多田さんがインドネシアとマレーシアの演出家や役者と共同制作した演劇は舞台の中に客席があり、観客は上演中も移動可能。

タイミングだけ決めて進む台本のない物語や観客を巻き込む演技、スクリーンを使った演出など斬新な手法に驚かされます。多田さんの考える演劇の可能性が少しずつ伝わってきました。

 

午後は即興劇のワーク。まず4人グループに分かれ、30秒間「食べもの」をテーマにしりとりをしました。

その後、多田さんから「今のしりとりの全会話やリアクションを思い出して、台本を書いて」と思わぬ提案が。

戸惑いながらも相談しながら脚本をつくった生徒たち、それを同じ30秒の劇で再現してみます。

 

 

 

普段の会話を“演じる”ことで自分の言葉や間合い、振る舞いを客観的に考える体験。さらに離れて座ったり体の向きを変えたりすると、声の大きさや表情などコミュニケーションの形が変化していきます。

「環境に合わせて体をコントロールするのが演劇なんです」と多田さん。

 

さらに同じ台本でも舞台上の人物の位置関係が変わると、観る側の想像が膨らむのも演劇のおもしろさ。

たとえば1人が正座しその後ろに3人が立つと、見る側は4人の関係性を想像する、といったように。

 

ワークショップ後、初参加の生徒からは「多田さんが見せてくれた映像に、こんな劇の作り方もあるんだなと思った」との声が。

毎年参加している3年生は「実験的演劇工房で毎回感じることですが、今までにないやり方だなと思いました」と話してくれました。

 

 

■自分たちの言葉でつくる、という挑戦

 

ワークショップを経て決まった今回のコンセプト。それは「演じる生徒たち自身の言葉をもとに演劇を作る」というものでした。

 

生徒一人ひとりが生まれた時から現在まで思い出に残っていることを紙に書き、それを元に多田さんが時系列で台本を構成するという斬新な方法で、作品作りが始まりました。

でき上がった台本には、生徒一人ひとりの名前とセリフ。そう、それぞれが自分自身を演じるのです。

 

例えば冒頭は、ある生徒の「私は上田市の病院で4/15に2220グラムで生まれました」というセリフから始まります。

続けて別の生徒たちが生まれた時のエピソードを語り、成長と共に保育園や小学校などのエピソードが時系列で、ランダムな語り手によって語られていきます。

 

そこにあるのは、普通の高校生たちの普通の人生。けれど聞いていると、どんどん引き込まれていくのが不思議です。

 

「人は誰かの平凡な話にも共感するし、違和感を感じても『自分はどうなのか』と考える、それがおもしろいんです。例えばシェイクスピアの演劇を観ていても『あれは自分だ』『あいつの考えてることはわからない』と感じることで『自分はこうなんだ』とい考えるきっかけになる。それが演劇の良さだと思います」(多田さん)

 

台本に書かれているのはほぼセリフのみ。けれどセリフを受けて、全員がその時その場所にいるかのように動きや言葉を考えて演じる実験的な演出が行われました。

 

例えば「修学旅行でディズニーランドへ行きました」と語るシーン。

「ディズニーランドでどんなことする?どんなことを言う?」と多田さんが問いかけると、それぞれ「あれに乗ろう」「ミッキーだ!」などのセリフ、さらに記念写真を撮ったりキャラクターに手を振ったりする動きを考え、それがその場で台本に書き加えられていきます。

多田さんの提案に生徒たちが答え、それを多田さんが整理して作り込んでいく感覚です。

 

「小学校の先生が最悪だった」という部分では、多田さんがセリフを言う本人、つまり体験者に「先生はどんなことを言った?クラスメイトの反応は?」とエピソードを掘り下げ、その内容に合わせて他の役者が演技を作っていきます。

「嫌な思い出すぎて、記憶がない」と苦笑いする本人に、「思い出したくないことの芝居はつらいんだよね」と多田さん。

過去に向き合い演技に落とし込む作業は、自分を見つめることにつながるのかもしれません。

 

卒業式のシーンでは、多田さんが生徒たちに「式でどんな歌を歌った?」と聞き、実際に歌うことに。

こうしてセリフ以外の動きや言葉、曲や小道具さえも全員で作り上げる演劇は、稽古と並行して台本に膨大な量を書き込みながら完成していきました。

 

劇は「過去・現在・未来」と時系列で構成されますが、最初に多田さんから渡された台本は「生まれた時から小学校卒業まで」とごく一部。

稽古の中で中学時代や高校時代の台本が加わっていく予定で、同時進行でセリフ覚えと演技を作っていく過程はワークショップのようでもあります。

ある生徒は「だんだん台本ができていくのがおもしろいけど、ドキドキする。最初のワークショップで映像を見せてもらった演劇のような感じかなと想像しています」と話してくれました。

 

■本番、客席を巻き込むステージの力

 

2週間の稽古を経て迎えた本番当日。前日にゲネプロ(通し稽古)を終え、午前中は最終稽古が行われました。

本番直前ながら「ここでこう言おうか」「この曲はやっぱり2番も歌おう」など新しい提案が加わり、生徒たちも活発に意見を出して完成度を高めていきます。

 

午後1時半、開場。大スタジオに入った観客は少し驚いた様子でした。

そこにはステージも客席もなく、観客はフロアに散らばった座布団に座って鑑賞する演出。

360度に開かれたフロアはステージであると同時に客席であり、役者たちは座った観客の中で演技をするのです。さらに座布団の間にはおもちゃやランドセル、教科書など、思い出の品が小道具として散りばめられていました。

 

 

開演直前、役者たちが会場に現れ、観客に混じって座布団に座ります。観客と役者が入り混じった状態で開演。これは彼女たちの物語であると同時に、私たちの物語でもあるのです。

 

フロアの三方向には、会場全体を映し出すスクリーン。

オープニングの音楽に続き、スクリーンに「あなたのことを教えてください」と文字が映し出されると、役者が順々に立ち上がり、語り始めました。

 

生まれた時、保育園のころ、小学校時代、中学校時代……。セリフを起点に場面が切り替わり、他の役者も一緒に思い出の場面を再現していきます。

小学校のシーンでは全員が床に置いていたランドセルを背負ったり教科書やリコーダーを拾い上げたり、中学校時代に変わると今度は制服のスカートを履いたりと、フロアにある小道具で当時を再現する試みもユニーク。

 

 

 

ゆっくりと観客の間を歩き回りながら、自分の言葉で記憶を語る役者たち。

それは演じているようで独白のようでもある、不思議な感覚でした。

 

多田さんは、セリフ回しなど演技については一切指導を行いませんでした。

それは「自分の話し方を知り、それをベースに演じる方が伝わる」との考えがあったから。彼らのパーソナルな言葉から、一人ひとりの存在感が強烈に立ち上ってきます。

観る側も、ふとした言葉に共感したり自分の記憶を思い出したりと、感情を揺さぶられました。

 

ステージと客席が一体ゆえ、次に誰が話し出すか分からないのがこの舞台のおもしろさ。

豆まきのシーンでは突然照明と音楽が切り替わって「鬼」になった役者たちがまわりを駆け回ったり、小学校のシーンではすぐ脇でモラハラ教師役が怒鳴ったり目の前でダンスをしたり、臨場感も満点です。

「先輩集団に怒られる」シーンでは、観客も巻き込んでの演出も。

役者たちにとっては、稽古と違って舞台上に観客が座っている状態は本番が初めてですが、臨機応変に動線を変えながら演じていました。

 

■等身大で語られる言葉の力

 

子ども時代は無邪気な思い出が多かったのですが、時間が進み、中学時代あたりから言葉がリアルな切実さを帯びてきます。

人間関係、いじめ、校則、恋愛。そして高校時代、つまり現在のシーンになると、彼らが感じている悩みや疑問が次々に観客へと問いかけられます。

 

「将来のことを考えても、どんな資格をとってどんな就職ができるかまで考えてるかとか言われるので、最後の一歩が踏み切れない」

「演劇を続けてきたけど、なんで観に来てくれる人って少ないんですか?もっといろんな世界を知れば人に優しくなれるのに」

「なんで芸術の授業は5教科より少ないんですか?」

「結局、共通テストはどうなるんですか?『とりあえず今回は』って、私たちには“今回”しかないんです」

「やりたいことはいくつもあるけど、一つ選ぶと他の選択肢が消えてしまいそうで怖いです」

 

彼らが今まさに胸に抱えている、率直で切実な言葉たち。高校生はもちろんかつて高校生だった大人にもぐさりと突き刺さります。

いつしか客席を囲むようにぐるぐると歩き回る役者たち。一人ずつマイクに向かい、疑問を投げかけます。

 

「個性が大事っていうけれど、なんでルールがあるんですか?」

「大学に行ったら、必ず幸せになれるんですか?」

「どうして高校生になったら、『夢を大切に』って言われなくなるんですか?」

 

 

 

音楽と共にボルテージが上がっていき、「どうしてですか?」「なんでですか?」という叫びの後、一転して静かになる会場。

スクリーンに「クールダウンしましょう」と言葉が映し出されると、観客を巻き込んだストレッチの時間。

代表の生徒が音頭をとり、観客も一緒に全員でストレッチでクールダウンしました。

 

さらに役者たちが客席に散らばり、周囲の観客に「さっきの質問をどう思いましたか?」と対話する時間がスタート。

演劇の途中とは思えない不思議な時間でしたが、大人からは「自分も高校時代同じことを悩んでいて、思い出して泣きそうになった」「大人になって、見ないふりをしていたなと思った」、高校生からは「みんな同じことを思っているんだなと思った」などさまざまな感想があがりました。

 

そして「未来」のシーンへ。卒業を控えた3年生の役者3人が、未来予想図を語ります。

照明の専門学校に進んだものの不況で就職できず、島に移住して劇団に携わる未来。旅先の海外で謎の逃亡生活が始まる未来。

サントミューゼに就職(!)し、子どもと幸せに暮らす未来……。夢とリアルさが入り混じった未来が個性豊かに語られ、最後は全員が死を迎えます。

 

■そして「今の自分」

 

暗転後、スクリーンには今日の日付「2019.12.14」。そして「あなたは誰ですか?」の言葉が映し出されました。

 

役者たちが一人ずつ中央のマイクへと歩み寄り、スポットライトの中で現在の自分を語ります。好きなもの、自分の性格、大切にしていること、将来の夢……。

 

 

 

 

そして最後に、自分の名前。その瞬間、観客からは自然と拍手が沸き起こりました。

 

こうして一人ひとりが「宣言」する意図を、多田さんはこう語っていました。

「彼らは大人にいろいろなことを言われたりして自分に自信がなかったり、肯定のしかたが分からなかったりと苦しんでいる。それはかつての僕らも同じだったこと。大人になると自分をどう大事にするかが大切だし、失敗は失敗だけど失敗じゃない。できたことをちゃんと受け入れて、自分のいいところも悪いところも全部認めてほしいと思いました」

 

一人ずつ光を浴びて堂々と宣言する姿は、これまで語られた過去と相まって唯一無二の存在感を放っていました。同時に、今はライトが当たっていない私たち観客にもそれぞれの人生が、大切なものがある。

タイトル「THIS IS ME」のメッセージと共に、そんなことが強く伝わってくる時間でした。

 

 

終演後、役者たちからはこんな声が聞かれました。

「普段の演技では役作りをするけど、今回は自分と向き合う分、普段より難しかった」

「自分が思っていることを人に知られるのは怖かったけど、みんな共感してくれて、同じなんだと思えた」

「演劇らしくない演劇なので、おもしろいと思ってもらえるか不安だったけどいろいろな感想をもらえて良かった」

 

多感な彼らが、自分と向き合った濃厚な演劇。それは、観る側の心も大きく揺さぶってくれました。


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