サントミューゼ(上田市交流文化芸術センター・上田市立美術館) おかげさまでサントミューゼは10周年

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【レポート】日本デビュー10周年 金子三勇士 ピアノ・リサイタル『ピアノで綴る“上田2020/21” ~バロックから現代まで・五人の作曲家の音楽リレー』

みる・きく
会場
サントミューゼ

 

 

5月8日(土)14:00~ at サントミューゼ小ホール

 

 

 

国内外で幅広く活躍するピアニスト、金子三勇士(みゆじ)さんによるリサイタル。昨年5月に予定されていたリサイタルは、新型コロナウイルスの影響で中止になってしまいましたので、1年越しの開催となります。

昨年はリサイタルのタイトルを、東京オリンピックの正式名称「東京2020オリンピック競技大会」になぞらえて、『ピアノで綴る“上田2020”バロックから現代まで・五人の作曲家の音楽リレー』とする予定でしたが、今回は、このタイトルをアップデートし、金子さんが温めてきた「18世紀から21世紀にかけて活躍した5人の作曲家を幅広く取り上げる」というコンセプトをそのまま活かす形で開催することとしました。

1年越しの待望のリサイタルということで、バルコニー席も含めチケットが早々に完売する注目の高さでした。

 

1曲目はショパンの名曲「英雄ポロネーズ」。勢いと力強さを感じるダイナミックな演奏に、あっという間に引き込まれます。絢爛な音色、エネルギッシュな演奏姿は、一瞬たりとも目が離せません。

 

 

 

 

弾き終えた金子さんが、興奮冷めやらぬ会場に向けて挨拶します。

「1年延期してリサイタルを開催できて、皆さんにもお目にかかることができて、とても嬉しいです。この1年はさまざまな変化がありました。不安な日々の中で、皆さま刺激と癒しを求めるようになったのではないでしょうか。そこで今日は、冒頭から刺激的な曲をお届けいたしました」

 

 

 

 

続いての曲は、一転して「癒し」がテーマ。バッハの「フランス組曲 第5番」です。

 

「バッハの音楽は不思議な力を持っていると思います。私が思うバッハの聴き方のコツは、“何も考えないこと”。音から色々なものが頭に浮かんでくると思うのです」

 

うららかな春を思わせる優しいメロディー。澄み切った音色の奥に、心地よい重みも感じさせます。確かに、聴いているだけでさまざまなイメージが湧き上がってくるようでした。

 

3曲目は20世紀を代表するハンガリーの作曲家、バルトークの作品です。ハンガリー人の母を持つ金子さんにとって、同国はもう一つの故郷といえる存在。この日演奏するピアノ・ソナタは、金子さんがピアノ演奏を務めた映画「蜜蜂と遠雷」のコンクールシーンに登場した曲です。

 

「比較的新しい年代の曲なので、かなり斬新です」という言葉どおり、まるで打楽器のように大胆にピアノを打ち鳴らし、強い生命力を感じさせる演奏で会場を魅了します。ハンガリーの民俗音楽を思わせるエキゾチックな響きも印象的。演奏後、客席からは大きな拍手が贈られました。

 

休憩を挟んで第2部は現代の日本人作曲家、藤倉 大による作品から。こちらも映画「蜜蜂と遠雷」に登場する曲で、映画に合わせて作られたオリジナル作品です。タイトルは「春と修羅」。作品では、国際ピアノコンクールの出場者が選考数日前に初めてこの曲の楽譜を渡され、自分なりに解釈して演奏するまでの姿が描かれます。

 

曲の後半には、演奏者が自由に作曲したり即興演奏したりする「カデンツァ」という部分があります。金子さんが演奏を担当した登場人物「マサル」は、将来を嘱望される19歳の若きピアニスト。怖いもの知らずの彼がステージ上で演奏するのが、超絶技巧のカデンツァです。

 

「この映画は、映像より先に音楽が作られるという異例の方法で作られました。原作の小説が素晴らしかったので、金子三勇士として演奏するのではなく、『マサルだったらどうするか』という思いで演奏しました」

 

春の風を思わせる序奏から、小川のきらめきのような美しいハーモニーへ。そして後半、激流のように激しいカデンツァが始まります。ピアノが叫んでいるかのような、狂気をはらんだ美しさ。息を飲むほどの名演でした。

 

プログラムのラストはベートーヴェン。彼のピアノ・ソナタといえば「悲愴」「月光」「熱情」が有名ですが、金子さんは今回、あえて第21番「ワルトシュタイン」を取り上げました。

「これは、ベートーヴェンなのに明るい曲なんです」

金子さんがユーモラスに言うと、会場に笑い声が広がります。4月にサントミューゼで金子さんが行ったアナリーゼ(楽曲解析)でも取り上げたように、当時最新鋭のピアノを手に入れたベートーヴェンが「こんな音も出せるんだ!」と子どものように遊びながら生み出したと言われるこの作品。それまでのピアノでは表現できなかった音の強弱や豊かな音色を存分に引き出しています。

 

 

 

 

 

小粋な遊び心を感じる明るい第1楽章。一転して重く、情緒的な第2楽章。第3楽章はきらびやかなグリッサンド(一音一音を区切らず流れるように音高を上げ下げする演奏技法)を始め、生き生きと踊るような音色が印象的です。

 

演奏後は大きな大きな拍手が沸き起こり、何度もカーテンコールが。拍手に応え、アンコールを演奏。「アンコール曲はいつもその場で決めます」という金子さんですが、今回は「リスト」「ショパン」「ドビュッシー」の3人の作曲家の中から、会場の拍手による多数決で曲を決めたいと、選択権を会場に委ねます。

 

多数決の結果、一番人気を集めたのはリスト。「こんな世の中だからこそ、皆さん癒しを求めているのかもしれませんね」と金子さん。そして演奏したのは、ショパンが亡くなった時にリストが悲しんで作ったとされる「慰め 第3番」です。やさしく流れるようなメロディーは音の間合いさえも心地よく、悲しみと優しさが溶け合っているかのようでした。

 

カーテンコールの止まない拍手に応えて再登場した金子さん。「皆様に朗報です。なんと終演予定時刻までまだ時間があるそうです」と会場を沸かせ、ショパンの「黒鍵のエチュード」、さらにドビュッシーの「月の光」を披露。先の見えない時代にも、音楽は100年の時を超えて私たちに活力や癒しをもたらしてくれる・・・そんな感動を実感させてくれたリサイタルでした。

 

 

 

 

 

【プログラム】

〈第1部〉

F.ショパン:英雄ポロネーズ Op.53

J.S.バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV816

B.バルトーク:ピアノ・ソナタより 第1、第3楽章

〈第2部〉

藤倉大:春と修羅(マサル・バージョン)

L.v.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 Op.53「ワルトシュタイン」

 

〈アンコール〉

F.リスト:慰め 第3番

ショパン:黒鍵のエチュード

ドビュッシー:月の光