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【レポート】中川賢一 アナリーゼ&コンサート 「不屈の民」 変奏曲

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アナリーゼ&コンサート 中川賢一「不屈の民」変奏曲

 

2018年3月2日(金)19:00開演 at 小ホール

 

PROGRAM

第一部

中川賢一による「不屈の民」変奏曲のアナリーゼ

第二部

フレデリック・ジェフスキー:「不屈の民」変奏曲

 

 

サントミューゼ の新企画「アナリーゼ&コンサート」。アナリーゼとは、コンサートの前に演奏家や指揮者が実際に演奏する楽曲について、作曲家の紹介をはじめ、楽曲が作られた時代背景や構成について解説するものです。第1回目はアメリカの作曲家フレデリック・ジェフスキーの「不屈の民」前奏曲を題材に、ピアニストの中川賢一さんが解説。時間となり、登場すると同時に約2分近くある主題を演奏。

 

 

「今日のアナリーゼでやろうと思うのは、楽曲の分析や分解をし、演奏や音源などを聴いて耳なじみになってもらうことで、楽曲をより深く知っていただこうと思います」と中川さんが挨拶。作曲者であるフレデリック・ジェフスキーの顔写真のスライドを見せながら話し始めました。1938年、アメリカ出身のジェフスキーは未だ現役の作曲家でありピアニストです。政治的な問題にも大きな関心を抱き、それを作曲にも反映させていました。

 

 

1973年、チリでクーデターが起こり、民衆の間で支持されて歌われたのが、「団結した民衆は決して敗れない」という曲でした。クーデターの時やアジェンダ政権、ピノチェト政権などのスライドを見せながら、丁寧に社会背景を解説していきました。続いてこの曲を作曲したと言われているセルヒオ・オルテガの写真を見せながら、彼がある日通りを歩いていたらストリートミュージシャンが歌っていた「団結した民衆は決して敗れない」が印象に残り、帰宅してからその曲を一音も間違わずに弾くことが出来たそうで、そこにキラ・パジュンの詩も合わせて完成したのが「不屈の民」だと言われています。この曲は当時大きなセンセーションを巻き起こし、軍事政権に反発する民衆たちに歌われていきました。

ジェフスキーは1974年の時、インティイルマニというグループが歌った「不屈の民」を聴いたのがきっかけで、その曲をテーマに変奏曲を作りました。曲の始まりには「団結した民衆は決して敗れない」というコールからメロディーに入っていますが、同様にピアノでも同じリズムで書かれていて、原曲に忠実にトレースされていることが伺えます。説明の合間にはインティイルマニやキラパジュンが歌っているところや、ジェフスキー自身が演奏している映像を紹介。

 

アナリーゼの後半では、より楽曲自体の解説へ進みました。「テーマで使われる低音は演歌のようで、日本人に親しみやすい」と中川さん。また、主題部分をAパート2つ、Bパート2の計4つに分けた構成表を見せながら、メロディーになじんでもらおうと何度もAとBのメロディーを演奏しながら観客も一緒に口ずさんで練習して、“耳なじみ”を良くしていきました。

 

 

「不屈の民」変奏曲は、ニ短調で作られています。バッハ作曲「シャコンヌ」などでも使われていて、荘厳で暗いイメージ、祈りに満ちたような曲の時に使われます。それを考えるとなぜニ短調になっているのかうかがい知ることが出来ます。

 

また、この曲は36の変奏からなります。そこには6個のまとまりのグループが6つあります。

①単純な(音楽的)出来事

②リズム

③旋律

④対位法

⑤和声

⑥これらすべての組み合わせ

特に⑥に関しては、①から⑤すべてのバリエーションの変奏の仕方が、⑥の変奏に入ってくることを人生に例えて、「人間が困難に向かって行く時に、過去がフラッシュバックすることがあります。まるで人生そのものを感じさせるようです」と中川さんは解釈し、この6個がどのように変化されているのかを演奏しながら、分かりやすく説明。続いてスライドに写した楽譜に沿って、再度①から⑥を演奏。

 

 

続いて36の変奏曲すべてが実際にどのような変奏なのかをまとめた表を見せながら解説。その間もすべての変奏曲の一部を演奏していきます。時にはジャズ、現代音楽、民俗音楽、クラシック、ドイツやイタリアの反ファシズムの歌など、様々な音楽のパーツが取り込まれているのが分かります。対位法では1つのクライマックスを迎え、高い「シ」の音でずっと叩き続けなさいという譜面に書き込まれている指示を拡大して見せて共有。「ここの部分は色々考えて、意味があるのではと思います。長い時間叩き続けて、死に絶えるように小さくなって、譜面には『その響きが無くなるまで休みなさい』とあります。皆さんの中で何かを感じていただければと思いますので、本番を楽しみにしてください」と中川さん。そして30個目で基本的な変奏はひと区切りを迎えます。そして、31個目からは人生をふり返るように表の同列の音を組み合わせながら進んでいきます。さらには36で1から30すべての変奏が組み合わされていて、走馬灯のよう。そして、再びテーマに戻ります。

 

 

「最後に再び主題に戻るのを例えるなら、ある主人公が同じ場所に再び戻ってきても、最初にいたときとは違う人間になっている。つまり様々な経験を積んで成長しているような、そんな面白さを感じます」

 

実はそれで終わりません。主題に戻る前に“インプロビゼーション(即興演奏)”の指示が入っています。表のようにしっかりと作られた構造でありながら、最後になって放棄する。演奏者に委ねてしまいます。それはまるで、ここまで積み上げてきた人生を自ら否定したり、他人の手にめちゃくちゃにされたり、反対により良くなったりする印象です。これは曲の背景にあるチリのクーデターをふり返っても、人々はまさかそんなことが起こるとは想像していなかったかもしれません。予測外の事態が起こることを思い浮かべることが出来るようだと中川さんは話します。

 

「全てを覚えてほしいわけではないし、私の解説が全てではありません。まずはきっかけとしていただき、耳なじみを良くしていただいて楽しんでいただければいいし、少しでも頭の片隅に残っていて、曲を聴いた時に役立てば嬉しい。現代曲の聴き方が分からないという人もいますが、自由に聴いてくださいと伝えます」

 

 

中川さんの実家も被害に遭った東日本大震災についても触れました。まだまだ復興の途中であり、そこで生きている人たちは団結して長い道のりを歩んでいます。そういった復興への想いを込めて演奏すると最後に伝えて、充実のアナリーゼは終了しました。

 

たくさんの解説と変奏の音の数々を耳なじみにしてから、後半のコンサートがスタートしました。観客の中には、原曲である「団結した民衆は決して敗れない」を知っているという理由から訪れた人も多く、それがどのようにピアノで独奏されるのかを楽しみにしていていました。

 

 

前半のアナリーゼであった表を思い浮かべながら聴くと、①の基本のリズムから②では少しアクティブな印象に、③はメロウになって、④では戦っているような印象を思い浮かべるほど、グループの中で最もアグレッシブに。⑤になると和音の流れになり、変奏をどのグループよりも大きな解釈で捉えていて自由なイメージが広がります。基本的な変装の区切りとなる30の雷のような激しさを終えて、最後のグループへ。

 

 

 

人生をフラッシュバックするような、時に優しく、時に怒涛のような音の波が迫るような演奏が続きます。インプロビゼーションでは激しいうねりのような音へと突き進みます。個人的な解釈で例えるならば、震災で受けた衝撃、さらには復興に向けて果敢に立ち向かい続ける人々の姿が思い浮かびました。インプロビゼーションは「想像以上に長く、素晴らしい時間でした!」と終演後に興奮しながら語った観客がいたほどにアグレッシブな演奏でした。今、この瞬間を生きる、そして演奏する、ピアニスト中川賢一さんの姿を目の当たりにした時間と言っても過言ではないでしょう。

 

 

終演後、「ブラボー!」という掛け声が出たり、感極まって涙を流す観客の姿も。

 

 

拍手に応えるために幾度も登場する中川さんの姿は、力を出し尽くしたという表現が当てはまるようでした。

 

ロビーでも「こんなすごい瞬間を観ることが出来て本当によかった!」と感動する声や、アナリーゼの面白さ、そして知ってからコンサートを聴くと何倍にも豊かな時間が過ごせるという声が上がりました。それほどたくさんのお客様が中川さんの演奏からその想いを感じ、楽曲の魅力はもちろん、普段とはまた違ったコンサートの楽しみ方を知ることができた、豊かな時間だったのではないでしょうか。