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【レポート】篠田正浩講演会「100歳からの前衛」

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105歳の美術家・篠田桃紅。

その100年におよぶ画業の変遷をたどる大規模展「篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち」関連イベントとして、

4月22日(日)には「100歳からの前衛」と題して、篠田桃紅さんの従弟で映画監督の篠田正浩監督による講演会が行われました。

 

 

篠田正浩監督は、1960年に映画監督としてデビュー、

大島渚監督、吉田喜重監督とともに松竹ヌーベルバーグと呼ばれ、数々の名作映画を発表。

1977年の「はなれ瞽女おりん」では、善光寺周辺、また2003年に発表した「スパイ・ゾルゲ」の劇中では、

上田市の旧浦里小学校で撮影を行うなど、撮影で長野県に何度も足を運ばれています。

特に旧浦里小学校での撮影では3月、雪の中の木造校舎を撮るため、

美術班が山から持ってきた雪を運び撮影したエピソードなど、上田での印象的な思い出を語りました。

 

講演会では、従弟という立場だからこそ語れる桃紅さんとのエピソードをたくさんお話しいただきました。

岐阜市で生まれ育った篠田監督と、中国の大連で生まれ東京で育った桃紅さんは、監督がデビューする頃まで、

直接会ったことは無かったそうです。

 

「1959年、朝日新聞に【旅】というコラムがあって、その文字を桃紅が書いていた。毎週日曜日に、その【旅】という字を見ながら、変容する文字の形を見て、私は書というものの面白さを味わっていた。これが自分の従姉妹なんだなという意識が生まれてくるような関係だった。」

 

 

そう語る篠田監督と桃紅さんが初めて出会ったのは、1961年秋。

銀座の東京画廊で開催された岡本太郎展だったそうです。画廊の入り口で芳名帳に名前を書いていると、

自分の隣に【篠田桃紅】と書いてある。広くないギャラリーを見渡すと、一人の女性がいて

「あなたが正浩さんね。」とお声をかけてきた方が、桃紅さんだったそうです。

 

「戦後の時代に着物を着ている人は珍しいので、すぐに桃紅だと分かった。その和服姿にびっくりし、岡本太郎の絵とそぐわないと思った。でも、桃紅さんがそこにいると、岡本太郎と一種のコラージュになっていて、なかなか良い風景だなと思った。」

 

偶然なのか運命なのか、そこからお2人の親交が始まったそうです。

 

また、大学時代には箱根駅伝にも参加された経験もある篠田監督が、映画監督を志すきっかけになったエピソードも語りました。

 

「敗戦直後、焼野原の新宿を(駅伝の練習で)走っていた時、シボレーの助手席の女性の、煙草を吸う手のマニキュアと、口紅の色が同じ深紅だった。小津安二郎の映画で原節子は絶対に煙草は吸わない時代に女性が男性と同じように煙草を吸い、米国では男女平等が始まっていた。」

 

「映画の1秒は24コマでできていて、そのうち3コマ、1秒の8分の1あれば、物事を伝えられる。」

 

篠田監督は、走っている最中見かけたその一瞬の光景が印象的で、

いつか映像にしてみたいと映画の道を志そうと思ったそうです。

 

 

桃紅さんは、5歳で父から書を学び、漢詩や和歌、その他日本の伝統文化の素養を身に着け書家として活躍します。

その後、次第に作風は抽象表現へと移っていきますが、その理由を桃紅さんに質問をしたところ、

 

「それはあなた、紀貫之の書法が嫌になったからよ。だって、筆を持てばいくらでも線が書けるじゃない。なぜ川の線は3本じゃないとだめなの?何千本でも書けるじゃない。その自由がないならば、書家になんてならなくていい。」

 

とおっしゃったそうです。

「古今和歌集」の高野切が日本の書の中では最高峰とされている中で、そうお話しになった桃紅さんを見て、

彼女にとって書家であり続けるのは困難なのだと篠田監督は感じたそうです。

 

「子どもたちに書道を教えていて我慢できなくなり、文字が生まれた時代まで遡って、竹で書くような細い強い線、川のような雄大な線を書くようになった。書道の伝統というものから離れて、水墨というものの持つ可能性について抽象化される物の形が、桃紅の仕事になっていった。」

 

と、抽象表現への変遷について監督なりのお考えを述べられました。

 

講演会も終盤、突然桃紅さんからビデオメッセージが届きました。

 

 

桃紅さんは、篠田監督が自分のことについて話すということをとても喜んでいるようで、

監督への感謝のお気持ちを述べられました。

従弟であり、映画監督と美術家という同じ芸術の道に身を置く同士であったからこそ、

お互いに共感し、尊重し合えるお2人の関係を感じられる出来事に、

篠田監督はもちろん、会場にいる全員が感動に包まれるサプライズでした。

 

参加者の中には、何度も美術館にお越しいただいている方、今回の為に県外から、遠くは神戸市からいらした方も。

「篠田監督のトークには、映画をつくる気持ちが表れていました。今回の講演会で、桃紅さんの人となりが少し分かった気がします。」というご年配の女性や、

「従弟であり同じ芸術家である篠田監督の視点から、桃紅やその作品についてのお話が伺えてよかった。これから展覧会を観るのがより楽しみになりました。」という、展覧会への期待につながったという感想も多く、

今回の講演会はもちろん、桃紅さんの作品の素晴らしさも、より感じていただけたイベントになったのではないでしょうか。

 

展覧会は、7月22日(日)まで開催しております。

会期中は、学芸員によるギャラリートークや20時まで開館時間を延長するナイトミュージアムなど、

様々なイベントを予定しております。展覧会と併せて、お楽しみください。

 

篠田桃紅 とどめ得ぬもの 墨のいろ 心のかたち

 

講演会終了後のインタビューを、「上田市行政チャンネル」にて公開中コチラ