【レポート】五十嵐薫子 ピアノ・リサイタル 関連プログラム
読了目安時間: 5分
アナリーゼワークショップ Vol.84~五十嵐薫子(ピアノ)
日時 2026年7月16日(木)19:00~
場所 サントミューゼ小ホール
お話 五十嵐薫子(ピアノ)
ピアニストの五十嵐薫子さんが9月のリサイタルで演奏する楽曲の魅力を伝え、より深く楽しむヒントを届けるアナリーゼ・ワークショップを行いました。

祖国ロシアへの愛が表れた音色
この日解説するのは、リサイタルで演奏するムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」。壇上のホワイトボードには、五十嵐さんの手書きで曲の構成が書かれています。お酒が大好きだったという逸話があるムソルグスキーの頬を赤らめた似顔絵に、会場から笑いが起こりました。
この曲は、親友である画家のハルトマンの遺作展を訪れた経験に発想を得て生まれました。二人は、祖国ロシアの文化や民謡を生かした作品を生み出そうという理想を分かち合った同志。「1小節ごとに拍子が変わる複雑な音色に、ロシアへの愛が表れています。最初の曲『プロムナード』の楽譜には“ロシアの調べのように”とあり、二人を結びつけたものが最初に提示されています」。

組曲はハルトマンの絵画をモチーフにした10曲の間に、散歩を意味する「プロムナード」6曲が挿入された構成。展覧会を訪れ、絵画から次の絵画へと歩いて移動していく様子を表現しています。各曲のモチーフと考えられている絵画をスクリーンに映しながら解説が行われました。例えば曲「ビドロ」は「ポーランドの反乱」というスケッチがモチーフとされ、抑圧されたポーランドの人々に心を寄せた二人の想いが伝わります。さらに「この曲に似ていると思うんです」と五十嵐さんが演奏したのは、「展覧会の絵」の30年前にショパンが書いた「葬送行進曲」。重く暗い雰囲気は確かに通じるものがあり、実際に楽譜を並べてみると左手の四つの音が似ていることが分かります。
亡き親友への想いが表れた曲の変化を追う
曲の間に登場する「プロムナード」はムソルグスキーの心の変化を表し、同じメロディーながら6曲すべて雰囲気が異なります。例えば2回目のプロムナードは繊細で寂しさを感じさせるのに対し、3回目は明るく元気な調子であることから「寂しい気持ちを立て直しているのかなと想像します」と五十嵐さん。しかし4回目に初めて短調が表れ、悲しい雰囲気に。「辛いことが起きた瞬間は落ち込めないもの。何日か経ち、深い悲しみに気づいたのではないでしょうか」。

五十嵐さんが曲の核と捉える曲「カタコンブ」は「1小節ごとにフェルマータ記号がついていて、心臓が止まるかのよう。ハルトマンの死を知った時の気持ちなのかと想像します」。この後のプロムナードは「死せる言葉による死者への呼びかけ」と題され、短調から明るい長調に変化します。「右手できらきらと鳴っている音はハルトマンの魂を表しているように思います。左手と右手の音域が近づいていき、彼の死を受け入れていく心の変化を思わせます」。最後の曲「キーウの大門」は「ハルトマンを送り出す鐘の音のよう」と語り、祝祭感をも感じさせる荘厳な音色を実際に演奏してくれました。二人の絆を表す美しい音色に、会場から大きな拍手が寄せられました。
取材・文:石井妙子
五十嵐薫子 クラスコンサート
日時 2026年6月26日(金)
場所 上田市立傍陽小学校
レジデントアーティストであるピアニストの五十嵐薫子さんが、傍陽小学校の5年生のためにクラ
スコンサートを開催しました。

ピアノの豊かな表現を知る
拍手で迎えられた五十嵐さんは最初に「小犬のワルツ」を演奏。軽やかな音色に子どもたちの表情が変わり、鍵盤で舞う五十嵐さんの手元にじっと見入ります。

五十嵐さんはピアノという楽器をより知ってほしいと、足元の3つのペダルの役割を解説しました。子どもたちをピアノのまわりに集め、音を出しながらペダルを踏むと「あっ、(ダンパーという部品が)上がった!」と次々と発見が。子どもたちも、「きらきら星変奏曲」の演奏にあわせてピアノの中の部品が動く様子に注目していました。「ピアノはこれらの機能を使って、色々な表現ができる楽器です」と五十嵐さん。

ここから、ショパンの曲に込められた思いを解説しながら2曲を演奏。「夜想曲 第2番」は「静かな湖に、一人でボートに乗っているような静かな曲です」と語りました。窓の外の雨に濡れた木々に溶けていくような優しい音に、みんなが静かに耳を澄ませます。
「英雄ポロネーズ」は「ポーランドで生まれながら一度も祖国に帰れなかったショパンの、家族や友人への強い想いが込められています」と、軽やかさと情熱が同居するメロディーを響かせました。6歳でピアノを始めた五十嵐さんは、思うように弾けず落ち込んだ時も、この曲を弾くと勇気が出たのだと言います。
「ピアノは私の世界を広げてくれる親友のような存在。ピアノを通して世界中の人に会えるし、今日みんなにも会うことができました。みんなにもそんな存在がきっとあるから、探してみてください」。

子どもたちとの対話と共演を楽しむ

質問コーナーではたくさんの質問が飛び出しました。子どもたちの視線に合わせて丁寧に答える五十嵐さん。先ほどピアノの中を見て感じた「高い音の弦は細くて、低い音は太いんですか?」という質問には「よく見ているね」と驚きつつ、音によって弦の素材が違うことを解説。「好きな食べ物は?」との質問に「ライチ」と答えると、子どもたちも「おいしい!」と口々に返し、五十嵐さんも笑顔に。
さらに五十嵐さんの演奏に合わせて子どもたちが校歌を歌うスペシャルな時間も。「特別な演奏にしたいから、2番は小さくまろやかに、3番は晴れ晴れと歌ってください」。五十嵐さんのピアノに合わせて、子どもたちが伸びやかに声を響かせます。3番は歌もピアノも元気いっぱいのハーモニーを音楽室に響かせました。

アンコールでは超絶技巧が見どころの「カルメン・ファンタジー」を演奏すると、子どもたちの視線は、鍵盤の上で踊るような五十嵐さんの両手に釘づけに。ピアノの優しさや強さ、多様な表情が伝わる素晴らしいひとときでした。

【プログラム】
ショパン:小犬のワルツ
モーツァルト:きらきら星変奏曲
ショパン:夜想曲 第2番
ショパン:英雄ポロネーズ
傍陽小学校校歌
ビゼー:カルメン・ファンタジー
取材・文:石井妙子
撮影:金井真一