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作家紹介

大版画

大版画 誰もやっていないことを残したい 森仁志(森工房主宰)

世界最大級のリトグラフ「大版画」

上田市立美術館コレクションの中でも、圧倒的な存在感を示す「大版画」。
作家と刷り師が共に心血を注いで制作した「世界最大級のリトグラフ」です。
森工房(長野県坂城町)を主宰した森仁志氏(上田市出身1946-2014)は、1980(昭和55)年に1.25m×2.5mという世界最大の巨大リトグラフプレス機を設置し、2mを超えるリトグラフの制作を可能にしました。その技術を求めて、東山魁夷、池田満寿夫、岡本太郎、カシニョール、カトラン、ブラジリエら、国内外の名だたるアーティストが訪問・滞在し、共に制作にあたりました。
その作品は各アーティスト最大のオリジナルリトグラフです。当館では、森工房で制作された全39点を所蔵しています。

刷り師・森仁志

1946年に現在の上田市に生まれた森は、1968年美術書専門出版社の三彩社に入社し、1974(昭和49)年までの在職中に『山本鼎版画集』『方寸』復刻版等を手掛けます。近代日本の版画編集に深く携わり、版画の魅力に惹かれた森は、自身もリトグラフの技法を習得。
1973年に、上田市出身の彫刻家で画家の中村直人の誘いで1年ほどパリに滞在。美術館・画廊・工房などを巡り、西欧文化の見識を深めます。中でもブルターニュ半島のカルナック巨石群には3度も訪れ、「作り上げた人間のエネルギーがみなぎっている」と、巨石群から受けた壮大なインスピレーションは、「世界最大のリトグラフをつくりたい」という野望に変わります。
版画家ではない画家や現代美術の作家が版画制作に取り組む現状をパリで見聞きし、日本でもその兆候を見出した森は、1976年に東京幡ヶ谷に「森工房」を設立。1979年に長野県坂城町に工房を移転し、1980年に超大型プレス機が完成すると、自身の夢でもあった1.25m×2.5mという世界最大級のリトグラフ制作が可能となりました。1981年には、原広司設計による宿泊や食堂を兼ね備えた白亜のリトグラフ工房も完成し、「大版画」の第一作目となる三栖右嗣《林檎のある風景》、岡本太郎《風》《黒い太陽》の制作を手掛けます。
1984年には、アンドレ・ブラジリエが来日。滞在中、《青い池》《黄金の森》を、1985年には、池田満寿夫の3度の来房を経て《宗達讃歌(天)》《宗達讃歌(地)》を完成させました。1990年には、ベルナール・カトランが1ヶ月に及ぶ滞在期間中に6点の大版画を制作。1991年には、唐招提寺障壁画として知られる東山魁夷《濤声》のリトグラフ化に専念。1/3サイズとなる幅7mに及ぶ大版画を3年をかけて制作にあたりました。
体調不良により工房を閉じることとなった2006年までの20年間に、大版画39点、その他多くの版画を手掛け、約80名を越すアーティストと共に制作にあたりました。
また、自身の作品としては、関係した作家が次々と他界した喪失感から、カルナックへの想いが沸き上がり、カルナック巨石群のリトグラフを2002年から2005年にかけて制作。一心不乱に制作にあたった作品は、カルナック、パリ、東京と巡回しました。
2012年、出身地である上田市に大版画38点を寄贈。2014年、68歳で永眠。2019年には、親族が大版画1点を上田市に寄贈。現在、森工房で制作された39点すべての大版画が上田市立美術館所蔵となっています。
作家と寝食を共にして作り上げた大版画は、その画面の大きさに加えて高品質の仕上がりが大きな特徴です。つねに画家の希望や要望を叶えられるよう技術を高め、無理難題を断らない姿勢は、森自身がアーティストであった側面も大きく、工房を訪れる作家たちを鼓舞しました。加えて、森の妻栄子による来訪者の好みに合わせたシェフ並みの料理提供や宿泊を兼ね備えた工房は、世界一流のアーティストが安心して大作に挑むことができる稀有な工房といわれた所以でもあります。

リトグラフとは

「リトグラフ」の「リト」はラテン語で「石」を意味しており、「石版画」とも言われます。現在では石を使わずに、アルミを使って版を作るケースもあり、版に使用する材料は多種多様です。
「木版画」は版の彫り残した出っ張った所に絵具をつけて刷るので「凸版」と呼ばれ、「銅版画」は版を彫ったへこんだ所にインクを詰めて刷るので「凹版」と呼ばれます。リトグラフは、表面に凹凸がないので「平版」と呼ばれ、水と油が反発する原理を応用しています。絵を描いた版上に薬品を塗ると、化学反応で描画部分にのみインクが付着し、手刷りやプレス機で刷りとることが可能です。 インクや墨など画家の描いた絵がそのまま画面に表現されるため、版画の中で最も自由な表現が可能です。多色刷りも、版を重ねるにつれて艶や独特の質感が増し、化学反応による予想に反した仕上がりも魅力であるとともに、それが刷りの難しさにもつながっています。

森工房を訪れた作家と作品エピソード

岡本太郎(1911-1996)
洋画家・現代美術家 神奈川県出身
漫画家・岡本一平と歌人・かの子の長男。一家で渡欧し、パリのソルボンヌ大学で哲学・社会学などを学ぶ。ピカソの作品に衝撃を受け、画家を目指す。
帰国後、「痛ましき腕」などで二科賞受賞(1940)。縄文土器の美術的再発見、大阪万博シンボルタワー「太陽の塔」、テレビキャッチ「芸術は爆発だ」など、幅広い文化活動で知られる。
川崎市岡本太郎美術館ほか、東京国立近代美術館、グッゲンハイム美術館(NY)等に代表作収蔵。

《黒い太陽》

《黒い太陽》

森からリトグラフの制作を依頼。1980年パリでの「日本の現代版画展」へ参加を求められていた岡本は「デッカイやつを出品して、アッと言わせてやるのも悪くない」と制作を快諾。坂城町の森工房がまだできていなかったため、機械工場の片隅で制作。大阪万博《太陽の塔》でもおなじみの「顔」は岡本の好んだモチーフ。わずかな色彩にもかかわらず、躍動感あふれる強烈な表現が卓越した作品。

東山魁夷(1908-1999)
日本画家 神奈川県出身
横浜に生まれ神戸で育ち、東京美術学校(東京芸大)卒業後ドイツに留学。第3回日展にて「残照」が特選(1947)。「道」、日本藝術院賞受賞作「光昏」(1995)など、平明・単純化された画面構成に深い精神性を込める。
東宮御所、皇居新宮殿、唐招提寺御影堂などに壁画を描き、白馬シリーズの人気と併せ国民的画家となる。
東京国立近代美術館、長野県信濃美術館東山魁夷館など全国各地の美術館に作品収蔵。

《涛声》

《涛声》

日本画家 東山魁夷が10年の歳月をかけて奉納した障壁画《涛声》(とうせい)は、奈良・唐招提寺御影堂内の襖絵として、鑑真和上に捧げた68面の大作で「東山芸術の集大成」といわれています。1991年に魁夷から「1/3のリトグラフにしたい」と森に依頼があり、意を決しての難事業は約3年に渡り、1994年全長7メートルに及ぶ大作が完成しました。海の色の微妙な変化や波の形のぼかし方など、本画の繊細なニュアンスをリトグラフならではの刷りで再現しています。

池田満寿夫(1934-1997)
版画家 長野県出身(旧満州生)
長野高等学校卒。版画家・瑛九の勧めにより多色刷銅版画に進み、東京国際ビエンナーレ展入選(1957)、同展文部大臣賞受賞(1960)。ニューヨーク近代美術館にて日本人初の個展開催(1965)。ヴェネツィア・ビエンナーレ版画部門国際大賞を棟方志功に続き受賞(1966)。
小説『エーゲ海に捧ぐ』にて芥川賞受賞(1977)。陶芸家、マルチ文化タレントとしても活躍。生涯にわたりエロスを追及し、版画1,000点、陶芸3,000点に及ぶ精力的な活動を残す。
京都国立近代美術館、長野県信濃美術館、広島市現代美術館など全国各地の美術館に作品収蔵。

《宗達讃歌(天)》 《宗達讃歌(地)》

《宗達讃歌(天)》《宗達讃歌(地)》

版画では意識して日本の伝統的なものを排してきた池田は、晩年で始めた陶芸以降、日本的なモチーフを描くようになります。《風神雷神図》で有名な江戸時代を代表する絵師・俵屋宗達。伝統的な大和絵を特異の構図やたらし込みといった独特の技法で琳派の祖となった宗達をオマージュした作品。奥行ではなく天と地の広がりを横に展開していく構成は、日本美術の神髄を平面性と装飾性の融合であると理解した池田が晩年にたどり着いたジャポニズム的世界観。

工房を訪れた作家たち(50音順)

アンドレ・ブラジリエ(1929-)
画家・版画家 フランス出身
ローマ賞絵画部門グランプリ(1953)受賞、サロン・ドートンヌ、サロン・デ・チュィルリーなどの委員となる(1962)。東山魁夷とも親交が深い。ピカソ美術館(アンテューヴ 1988)、エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルク 2005)にて大回顧展開催。馬をモチーフとした情緒的な作風が特徴。

大沢 昌助(1903-1997)
洋画家 東京都出身
東京美術学校(東京芸大)にて藤島武二に師事。「信濃の国」作曲者・北村春季の娘婿。二科賞受賞(1942)、翌年会員。戦後、多摩美大教授(1954-1969)。東京都庁本会議場ロビー壁画制作(1991)。独自の抽象表現が魅力。

カシニョール(1935-)
画家・版画家 フランス出身
ジャン・スヴェルヴィに師事し、パリ美術学校に学ぶ。若くしてサロン・ドートンヌ会員に推挙(1955)され、1967年に初めてリトグラフを制作し、初の版画展を東京・三越で開催する(1969)するなど、世界各地で個展を開催。
優美でエレガントな雰囲気の女性像で世界的に知られる。

島田 章三(1933-)
洋画家・版画家 神奈川県出身
東京藝術大学卒業後、若くして国画会会員に推挙(1961)。愛知県立芸術大学教授、後に学長(2001-2007)。
安井賞、東郷青児美術館大賞のほか、日本藝術院賞を受賞(1999)し、同年芸術院会員となる。文化功労者(2004)。キュビズムに影響を受けた独自の人物表現が特徴。

菅井 汲(1919-1996)
洋画家・版画家 兵庫県出身
渡仏(1952)後、アンフォルメル(無定形)の影響を受けた象形抽象作品を描くが、1962年頃から幾何学的形態による明快な作風に変化。ヴェネツィア・ビエンナーレ受賞(1962)、サンパウロ・ビエンナーレ最優秀外国作家賞受賞(1965)。
東京国立近代美術館、国立国際美術館、京都国立近代美術館等に多数収蔵。

関根 伸夫(1942-2019)
彫刻家・現代美術家 埼玉県
多摩美術大学にて齋藤義重に師事。第一回現代日本野外彫刻展に「位相-大地」出品、「もの派」誕生のきっかけを作る(1968)。同年、長岡現代美術館賞展にて大賞受賞。環境芸術を提唱。

竹田 鎮三郎(1935-)
洋画家 愛知県出身
東京藝術大学卒業年、第一回国際版画ビエンナーレ入選(1957)。メキシコで活躍する日本人画家・北川民次に師事(1963~)し、メキシコに移住。翌年メキシコ青年版画展第一席。リアリズムを追求し、メキシコでの生活体験から得た作品を発表している。

智内兄助(1948-)
洋画家 愛媛県出身
東京藝術大学大学院修了。1980年代初めから、和紙にアクリル絵具という独特な画法を確立し、日本画と洋画との境界を越えた革新的な表現方法に到達。日仏現代美術展(1978)、デッサン大賞展(1985)、安井賞展(1987)等々で受賞を重ね、現代画壇を代表する画家として揺るぎない地位を築き、国内外で高い評価を得ている。

ベルナール・カトラン(1919-2004)
画家・版画家 フランス出身
油彩画・版画家として活躍し、リトグラフではシャガール、ピカソ、ミロらと並び評価される。パリで「俳諧十選展」を開催(1983)するなど、日本をたびたび訪れ日本文化への造詣も深い。
リトグラフのカタログレゾネ(総目録)出版を記念して、大阪・神戸・東京にて大規模リトグラフ展開催。レジオン・ドヌール勲章受章(1995)。花瓶や鉢植えの「花」などをモチーフとした作品が多い。

三栖 右嗣(1927-2010)
洋画家 神奈川県出身
東京藝術大学を卒業し、沖縄海洋博記念展にて大賞(1975)、翌年安井賞受賞。1980年、大版画の第一作目となるリトグラフ《林檎のある風景》を制作。以後、多くの作品を森工房で制作した。リンゴ園シリーズなど色鮮やかな写実絵画や墨画でも優れた作品を残している。